- 男が出会った「土地の記憶」
恋人に振られ自暴自棄になった主人公・早野。謎の老人「先生」との出会いをきっかけに、銅鐸づくりや郷土史を通じて、茨木に埋もれた戦時下の歴史へと引き込まれていく。 - 過去の“叫び”が現代人の人生を揺さぶる
幻の1940年万博や日本の輝かしい未来を夢見た青年・川又の思いが、2025年大阪・関西万博を訪れた早野へと響く。歴史の中に埋もれた声が、現代人の人生を揺さぶる物語。 - 読後に考察したくなる芥川賞作品
144ページと読みやすい一方で、タイトルの意味や「先生」の言葉はすんなり理解できない。読了後に考察が必要になる、芥川賞らしい一冊。
★★★★☆ Audible聴き放題対象本
『叫び』ってどんな本?
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第174回芥川賞を受賞した畠山丑雄さんの小説『叫び』。
タイトルや、ムンクの《叫び》を思わせる表紙から、「苦悩する主人公の内面を描いた私小説」を想像しながら読み始めましたが、しかし実際に読んで見ると、そんな物語ではありませんでした。
『叫び』は、過去と現在、日本の歴史と個人の人生、現実と幻想が交差する文学作品です。
主人公は、失恋をきっかけに自暴自棄になった37歳の男性・早野ひかる。ある日、「先生」と呼ぶことになる謎めいた老人と出会い、銅鐸づくりを通じて土地に埋もれた歴史へと導かれていきます。
やがて彼は、戦時下のケシ栽培や満州、そして幻に終わった1940年の万博に夢を抱いた青年・川又の存在を知ります。そして、その青年の「声=叫び」が、時代を超えて早野の人生を揺さぶり始めるのです。
わずか144ページと短く、文章も比較的読みやすい一冊です。
一方で、「叫び」というタイトルの意味や作品全体が問いかけるテーマを理解するには、読了後の考察が必要と感じました。
本記事では、『叫び』のあらすじと感想を交えながら、読後に私が考えさせられたこと・受け取ったことをまとめます。
『叫び』のあらすじ
主人公の早野ひかるは、恋人に振られたことをきっかけに自暴自棄な日々を送っていました。
酒・キャバクラ・風俗——。気づけば月の給与では賄えず、貯金を切り崩さなけれなならなくなっていたのです。
そんなある日、早野は偶然出会った謎めいた老人を「先生」と呼び慕うようになります。先生のもとで銅鐸づくりを学ぶ一方、「この土地の歴史を知れ」と教えられた早野は、身近な大阪府茨木市の過去を知ります。
そこで知ったのは、かつて茨木市の安威川流域で行われていたケシ栽培の歴史でした。当時の日本では、モルヒネや阿片の原料を確保するため、国の管理下でケシ栽培が奨励されており、その歴史は戦時下の日本や満州とも深く結びついていました。
そして早野は、不思議な形でその時代を生きた青年・川又と接することになります。
川又は、1940年に開催予定だった「紀元2600年記念日本万国博覧会」に夢を託し、日本の未来を信じていた若者でした。しかし戦争によって万博は中止となり、彼の思いも満たされないまま、歴史の中へ埋もれていきました。
やがて2025年大阪・関西万博を訪れた早野は、再び、川又と不思議な形でつながります。
そして、川又の「声=叫び」は、早野を揺さぶり、彼の人生を思いもよらない方向へと動かしていくのです。
過去と現在、現実と幻想が交錯する中で、早野がたどり着く先とは——。
その結末は、ぜひ本書で確かめてみてください。
『叫び』を読んだ感想|芥川賞らしい「難しさ」と「面白さ」
正直に言うと、本作は誰もがすぐに「面白い!」と感じられるタイプの小説ではありません。
文章は読みやすく、ページ数も少ないため読了自体は難しくありません。しかし何も考えずに読了すると、
「結局、“叫び”って何だったの?」
「作者は何を描きたかったのだろう?」
という疑問だけが残るかもしれません。私自身も読了直後は、「んんっ?」と首をかしげました。
特にラストはかなり唐突で、読み終えた瞬間に物語が閉じるというより、むしろそこから考察をはじめざるを得なくなる感じです。その読後感は、第169回芥川賞受賞作『ハンチバック』を読んだときにも少し似ていました。
ただ、その戸惑いこそが、「芥川賞受賞作品」全般に言えるの魅力です。
芥川賞の作品には、次のような特徴があります。
- 読み解くのが簡単ではない
- 成功譚ではなく、生きづらさを抱えた人間を描く
- 読後に考察したくなる余白がある
物語としての決着よりも、読者に問いを投げかけたまま終わる。
だからこそ、人によっては消化不良に感じる一方で、気になって何度も作品について考えてしまうのです。
本作もまさにその系譜にある作品でした。
大事なこと:「違和感」を無視せず読む
本作を楽しむ鍵は、物語の中に散りばめられた「違和感」を見過ごさないことにあるように思います。
その中心にあるのが、主人公・早野を導く「先生のセリフ」です。
先生は生活保護を受ける老人でありながら、銅鐸を鋳造し、茨木の郷土史に精通しています。そして早野に対して、
- お前には重さが必要なんや
- 目的は銅鐸を作ることやない。聖になることや
- 今は聖が足りない
- 響きさえあれば意味は後から付いてくる
といった、胡散臭い宗教家な言葉を投げかけます。
読んでいる最中は、これらのセリフが大いなる違和感となります。しかし、読了後に作品全体を振り返ると、これらの言葉こそが『叫び』を読み解く重要な手がかりだったのではないかと思えてきます。
本作はストーリーを追うだけでも読めますが、それだけでは作品のコアな部分にはたどり着けません。
先生の言葉に立ち戻り、その意味を考えながら読むことで、作品が描こうとしたテーマが少しずつ見えてくる——
そんな小説だと感じました。(参考👇)
考察:「叫び」とは何か
私が、中でも印象に残ったのが次の一文です。
漏れ出した叫びに晒されるかどうか、叫びが響きとなって生涯を貫くかは、どこまでいっても偶然でしかない。
おそらく本作のテーマを象徴する言葉の一つでしょう。
私なりに整理した結果がコレ
🟢 漏れ出した叫び = 過去の人々の願い、後悔、情熱、無念、歴史に埋もれた声
🟢 晒されるかどうか = その声に触れ、影響を受けること
🟢 叫びが響きとなって生涯を貫く=その声が人生そのものを変えてしまうほどの力を持つこと
つまり、この言葉は、
歴史の中に埋もれた誰かの願いや情熱に出会うかどうかは偶然であり、その出会いが人生を左右するほど大きな意味を持つかどうかもまた偶然である—— と読み解けます。
早野が先生と出会ったことも、郷土史に興味を持ったことも、川又の存在を知ったことも偶然でした。
しかし、その偶然の出会いが彼の人生を大きく変えていく。
『叫び』は、歴史の物語であると同時に、「人は何に影響されて生きるのか」という問いを描いた作品なのかもしれません。
最後に:『叫び』が私に投げかけたこと
本作を読んで強く感じたのは、人の人生を変える出会いや思想は、必ずしも自分の意思で選び取ったものではないということです。
たまたま出会った人、たまたま読んだ本、たまたま耳にした言葉。
そうした偶然の積み重ねが、気づかないうちに人生の方向を決めています。
だからこそ、自分がどんな環境に身を置き、どんな人や情報に触れるのかは想像以上に大切なのかもしれません。
もちろん、これは作品の直接的な主題ではないでしょう。
しかし『叫び』が最終的に私に投げかけてきたことはこれでした。
解釈に迷う本は、ときに「自分の生き方にプラスとなる教え」を響かせてくることがあります。
是非、あなたもそんな読書体験を味わってみてください。
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