- 性的マイノリティ”アセクシャル”の生きづらさを描く
好きでも触れられない人は、どうやって異性と関係を築けばいいのか。孤独を受け入れるしかないのか——。アセクシャルの主人公の視点から、“当たり前”とされる恋愛観を根本から問い直す。 - 「理解されない苦しさ」のリアル
アセクシャルの生きづらさは「欲求がないこと」ではなく、「それが理解されないこと」にある。それが、静かに、しかし確実に個人を追い詰める様子が描かれる。 - 多様性の時代に残る“見えない壁”
登場人物たちの価値観は、いわば“正規分布”の3σの外側。多様性が重視される一方で、現実にはそれを受け入れきれない社会の姿を浮かび上がらせる。
★★★★☆ Audible聴き放題対象本
『女王様の電話番』ってどんな本?
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好きだけど、触れあうことはできない——そんな感情、あなたはわかりますか?
この世は、男女が集えばセックスがあることが当たり前の「スーパーセックスワールド」。
人は古より本能的に、次の世代へ命をつなぐために関係を築いてきました。
だからこそ、「好き=触れたい。寄り添いたい」という前提は、ほとんど疑われることがありません。
では、好きでも触れられない人は、どうやって他者と関係を築けばいいのか。
孤独を受け入れるしかないのか——。
渡辺優さんの小説『女王様の電話番』は、この問いに真正面から向き合った作品です。
舞台は、SMの女王様を派遣する店の電話番という一見刺激的な設定。
しかしそこで描かれるのは、他者に対して性的な欲求を抱けないアセクシャルの主人公の、極めて切実な内面です。
読み進めるほどに浮かび上がるのは、性的マイノリティが抱える孤独と不安。
そして、「普通とは何か」「恋愛とは何か」という、誰にとっても無関係ではいられないテーマです。
登場人物たちの価値観は、いわば“正規分布”の3σの外側。
しかしそのズレこそが、現代社会のリアルを鮮やかに映し出しています。
鋭いテーマと高い物語性を両立した一作。
第174回(2025年下半期)直木賞候補に選ばれたのも、納得の一冊です。
『女王様の電話番』あらすじ
主人公・志川は、「SMの女王様を派遣する店」の電話番。
友人からは眉をひそめられる仕事ですが、志川にとっては心地よい居場所です。
そんな職場で、彼女が憧れていたのが、美しさとカリスマ性を持つ女王様・美織。
しかし、ようやく取りつけた食事の約束は、当日になってドタキャン。
さらにその後、美織は音信不通となり、忽然と姿を消してしまいます。
志川は彼女の行方を追い、常連客や関係者に話を聞いて回ります。
しかしそこで語られるのは、自分の知っている美織とは異なる人物像ばかり。
次第にその存在はつかみどころのないものになっていきます。
一方、志川自身も傷を抱えています。
新卒で入社した不動産会社を辞めた理由は、好きだった先輩との関係が、性的な要求を受け入れられなかったことで壊れてしまったからでした。
好きなのに触れ合えない—— 志川は自分が“普通”ではないことを悩み続けてきました。
美織の失踪を追う過程で、志川は次第に自分自身の価値観とも向き合うことになります。
他者を探す旅は、やがて自分を見つめ直す時間へと変わっていくのです。
『女王様の電話番』感想
本作は、恋愛や性愛を当然視する社会への違和感を、主人公の視点から丁寧にすくい上げていきます。
アセクシャルとは
セクシャリティは、「誰を好きになるか」「どのように惹かれるか」を示す、人それぞれに異なる在り方です。
主に「性的指向(誰に性的に惹かれるか)」と「恋愛指向(誰に恋愛感情を抱くか)」という軸で捉えられますが、この2つは必ずしも一致しません。
この2つは一致するとは限りません。たとえば異性に恋愛感情を持ちながら、性的欲求は抱かない人もいます。
異性愛・同性愛・両性愛・全性愛、そして無性愛(アセクシャル)。
さらにその中にもグラデーションがあり、単純に区切れるものではありません。
重要なのは、「少数派であること」そのものではなく、そこに伴う生きづらさです。
アセクシャルが抱く息苦しさ
本書を読みながら思い出したのが、朝井リョウの『正欲』です。
この作品が描いたのは、「多数派が“正しい欲望”として前提にしている価値観」が、いかに無自覚に他者を排除しているかという現実でした。
本作でも同様に、主人公が感じている苦しさは単純ではありません。
それは「性的欲求がないこと」そのものではなく、”それが理解されないこと”にあります。
- 好きなら当然、身体的な関係を望むはずだと思われる。
- たとえ今はセックスを受け入れられなくても、時間や愛情の深まりが解決してくれる——そう期待されてしまう。
- その前提がある限り、恋人関係は長く続きにくい。結婚となれば、なおさら難しくなる。
こうした小さなズレが積み重なり、日常の様々な場面で息苦しさを生み出していきます。
さらに、外見・行動からは分からないがゆえに「普通」を期待され続ける。
説明しても伝わらない孤立。
そして、結婚や将来設計の場面で直面する現実的な壁。
そのリアルが、本作では非常に丁寧に描かれています。
欲望に「正解」はあるのか
『正欲』が提示したのは、欲望に“正しい形”など存在しないという事実でした。
そして本作もまた、「普通とは何か」を静かに問い直してきます。
夜の世界で働く女王様たちは、強さと脆さを併せ持つ存在として描かれます。
志川がこの場所に居心地のよさを感じるのは、一般社会では“外側”とされるからこそ、「自分のままでいていい」と思える空気があるからでしょう。
最後に
『女王様の電話番』は、 アセクシャルや風俗というテーマを通して、「普通」という見えない圧力に静かに問う物語でした。
多様性が語られる時代でありながら、なお強く残る“当たり前”の価値観。
その中でこぼれ落ちる人たちの声を、丁寧にすくい上げています。
恋愛や性に対して、一度でも違和感を抱いたことがある人なら、きっと他人事ではいられません。
読み終えたあと、「普通とは何か」を考えずにはいられなくなる——。
そんな読書体験を与えてくれる一冊ではないでしょうか。
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