- 大正から昭和へ――時代に揺れるカフェーと女性たち
上野の「カフェー西行」を舞台に、女給たちが働き、人と関わりながら生きる日常を描く。華やかな大正モダンから戦時へ向かう空気が静かに滲む。第174回直木賞受賞作 - 名もなき女性たちの“現実と希望”
より良い暮らしをしたい、自立したい——そんな思いを抱えつつ、低賃金や不安定な立場に直面する女給たち。等身大の人生が丁寧にすくい取られる。 - カフェーを通して映る近代日本の変化
社交場としての隆盛、大衆化と変質、そして戦争による制限まで。カフェー文化の変遷を通して、時代の光と影を浮かび上がらせる。
★★★☆☆ Audible聴き放題対象本
『カフェーの帰り道』ってどんな本?

📢 2026年3月27日 Audibleに降臨✨
大正から昭和へ——激動の時代。
東京・上野の片隅にひっそりと佇む「カフェー西行」には、
今日も女給たちと客が集い、笑い、悩み、それぞれの人生を模索している。
【第174回直木賞受賞作】嶋津輝『カフェーの帰り道』は、“名もなき女性たち”の生をすくい上げた連作短編集。
時代に翻弄されながらも、日々を生きる女性たちの営みを、淡々と、しかしほんのり温かな執筆で描き出します。
本作は、大きな感動で心を揺さぶる小説ではありません。
静かな筆致のなかに、大正モダンの華やぎから戦争へと傾いていく時代の空気を感じる作品です。
どんな時代でも、人は働き、人と関わり、「今日」を生きている——。
その当たり前を、しみじみと感じる一冊です。
今現在、日本は世界第4位のコーヒー消費国。
カフェの歴史に思いを馳せながら、コーヒー片手に読みたい物語です。
『カフェーの帰り道』 あらすじ
舞台は、上野の小さな店「カフェー西行」。そこで働くのは「女給」と呼ばれる女性たち。
彼女たちはコーヒーや軽食を運ぶだけでなく、店の空気そのものを形づくる存在でもありました。
- タイ子:竹久夢二風の濃い化粧で、一躍有名になった看板娘
- セイ:作家志望だが挫折ぎみ。ある男性との出会いが人生を揺らす
- 美登里:大胆な嘘をついたその訳は?
- 園子:太ったおばさんなのに「十九歳」と歳をごまかし続けた理由は? 他
大正から昭和へ時代が変わる中、カフェーの役割もまた変化していく。
それでも女給たちは、それぞれ事情や葛藤を抱えながらも、カフェーで働き、人と関わり、「今」を生きていく——
『カフェーの帰り道』 感想
本作は単なる人間ドラマにとどまりません。
- 大正モダンの光と影
- 女性の自立と現実
- 昭和初期の社会変化
- 戦争による文化の断絶
——日本近代史の一断面を、生活の目線から切り取った作品でもあります。
コーヒーは歴史を動かし続けてきたものであり、今でも現代のグローバル経済構造を映し出す存在。
産地事情とそこに根づく貧困・労働問題は、私たちが気軽に飲んでいる一杯の裏側に、複雑な国際経済と社会問題が広がっていることを物語っています。
カフェーも単なる飲食店ではなく、「時代を映す場所」。
その歴史を重ねて読むことで、一つひとつの場面がより立体的に立ち上がります。
ここでは、バリスタ・チャンピオン 井崎英典さんの『教養としてのコーヒー』を参考に、
作品と結びつく歴史を簡単に整理します。
カフェー誕生 ― 大正モダンの象徴
日本に「カフェー文化」が花開いたのは大正時代。
その象徴が、銀座に誕生したカフェー・プランタンです。
もともとロンドンのコーヒーハウスは、知識人や商人が集う交流の場。英国のビジネスをも発展させました。
その流れは日本にも届き、大正期のカフェーは、飲食の場にとどまらず、女給との会話や交流を楽しむ“社交場”として人気を博します。
背景にあったのは、都市化の進展と中産階級の台頭、そして「大正モダン」と呼ばれる自由で開放的な時代の空気。
👉 『カフェーの帰り道』の舞台は、まさにこの延長線上にあります。
可憐な装いに憧れ、チップを得るために工夫を凝らす——そんな女給たちの姿が、生き生きと描かれます。
女給文化と女性の自立
カフェーで働く「女給」は、当時としては珍しい“都市で働く女性”の象徴でした。
より良い暮らしをしたい。自立したい。自分を変えたい。そして、素敵な男性と出会いたい——
そうした等身大の願いは、作中の女性たちと重なります。
一方で、低賃金や不安定な立場といった厳しい現実も背負っていました。
👉 本作が描くのは、華やかな文化の裏側にある、もうひとつのリアル——女性たちの生活史です。
昭和初期 ― カフェーの大衆化と変質。そして統制
昭和に入ると、カフェーは急速に広がり、大衆のものへと変わっていきます。
しかしその過程で、風俗・享楽的な空間へと傾き、かつての“文化サロン”としての役割は次第に薄れていきました。
👉 作品に漂うどこか儚い空気は、この過渡期の揺らぎを映しています。
こうした流れへの反動として生まれたのが、一人静かにコーヒーを楽しむ「純喫茶」です。
カフェーが「人と人の交差点」だったのに対し、純喫茶は「一人の時間のための空間」。
👉 華やかに始まった文化が、大衆化のなかで変質し、やがて統制されていく——
この流れは「どんな時代も不変」だと考えさせられます。
本作終盤では、もはや「女給」のいなくなったカフェで働く女性が登場します。
さらに、戦時体制が強まると、贅沢や娯楽の規制・統制経済でカフェー文化は大きく制限されていきます。
👉 作中ででも、カフェ店でもコーヒー豆が手に入らなくなる姿が描かれます。
その描写が、時代の重さを静かに物語ります。
最後に
カフェの文化史を通じてみると、『カフェーの帰り道』は
- 自由と華やかさが芽生えた時代
- その中で生きる女性たちの希望と現実
- 社会の揺らぎと不安
- そして戦争による文化の断絶
という、日本近代史の変化を、名もなき女給たちを通じて感じさせてくれる一冊でした。
本作には、華やかなるも儚い大正時代が漂っています。
静かに沁みる読書体験を求める人にこそ、手に取ってほしい一冊です。
いつでも解約可能








