- 恋愛小説を超えて描かれる「自分の人生を選ぶ」ということ
暁海と櫂の15年間を通して描かれるのは、恋愛だけではない。家庭、仕事、お金、夢に翻弄されながらも、自分の人生を自分で選ぶことの難しさと大切さが描かれる。 - 依存ではなく、自分で生きることの大切さ
「誰かに幸せにしてもらう」ことの危うさを描く本作。人を頼ることと、相手に人生を委ねることは違う。自分で自分を養うことの大切さを説く。 - 「正しい愛」ではなく、それぞれの愛の形を描く
「わたしは愛する男のために人生を誤りたい」。世間的な正しさだけでは測れない、それぞれの愛の形を描く。読後、自分にとっての恋や愛、人生について考えさせられる一冊。
★★★★★ Audible聴き放題対象本
『汝、星のごとく』ってどんな本?
主演;横浜流星・広瀬すず
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その愛は、あまりにも切ない。
凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』は、2023年本屋大賞を受賞した長編小説です。
瀬戸内の小さな島で出会った高校生、井上暁海と青埜櫂。
ともに家庭に問題を抱え、周囲から「普通」とは見なされない環境で育った二人は、互いの孤独や痛みを知るからこそ惹かれ合っていきます。
しかし、二人の人生は、恋愛だけで決められるほど単純ではありませんでした。
親の問題。
閉鎖的な島社会。
進学と仕事。
経済的な格差。
夢を失うこと。
そして、自分の人生を誰かに委ねてしまうこと。
17歳で出会った二人は、32歳になるまでの15年間、近づいたり、離れたりを繰り返しながら、それぞれの人生を歩いていきます。
本作を恋愛小説として読めば、すれ違う二人の切ない恋に心を揺さぶられます。
しかし、読み終えて強く残るのは、恋の行方だけではありません。
「ままならない人生のなかで、自分はどう生きるのか」
という問いです。
私はこの作品を、単なる恋愛小説ではなく、「自分の人生を自分で選ぶこと」の難しさと大切さを描いた小説として読みました。
※以下、物語の重要な展開・結末に触れています。
『汝、星のごとく』のあらすじ【ネタバレあり】
瀬戸内の島で出会った暁海と櫂
物語の舞台は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島。
そこで暮らす高校生の井上暁海は、母親と二人暮らし。しかし、暁海の家庭は決して穏やかではありません。
父親は不倫相手のもとへ行き、家族のもとを離れてしまいます。
残された母親は精神的に不安定になり、暁海はそんな母親を支えながら生活することになります。
一方、島に転校してきた青埜櫂も、家庭に問題を抱えていました。
櫂の母親は恋愛に依存し、男との関係に振り回されています。
親の問題に巻き込まれ、自分自身の人生を自由に選べない。
そんな共通点を持つ二人は、少しずつ距離を縮めていきます。
島という閉鎖的な環境では、人間関係も家庭事情も筒抜けです。
「あの家はどうだ」「あの子の親はどうだ」
そんな周囲の視線にさらされながら生きる二人にとって、互いの存在は貴重なものでした。
自分の苦しみを説明しなくても理解してくれる。自分の家庭を恥じる必要がない。
二人は互いの孤独を埋めるように惹かれ合い、やがて恋人になります。
そして、いつか一緒に島を出て、東京で暮らそうと約束します。
高校卒業後、二人の人生が分かれていく
高校を卒業すると、二人の人生は大きく分かれていきます。
櫂は夢を追って東京へ。漫画原作者として才能を開花させ、次第に成功をつかんでいきます。
一方、暁海は島に残ります。母親を置いて、自分だけ東京へ行くことができなかったからです。
ここから二人の間に少しずつ距離が生まれていきます。
互いを嫌いになったわけでなくとも、暮らす場所が違い、仕事が違い、収入が違が違っていく。
特に大きかったのが、お金と価値観の変化。
櫂は成功によって生活水準が上がり、お金に対する感覚も変わっていきます。
二人の間には、単なる距離だけではなく、次第に「生きている世界そのもの」に違いが生まれていきます。
櫂は二人の関係をつなぎ止めようとします。
そして、暁海にプロポーズします。
しかし、そのプロポーズを受け入れることは、暁海にとって必ずしも幸せを意味するものではありませんでした。
むしろ、自分が櫂の人生に依存することになるのではないか。
櫂との境遇の差を埋めるために、櫂の人生に入り込むことになるのではないか。
そんな思いが、暁海のなかに芽生えていきます。
そして暁海は、二人がこのまま一緒にいても溝は埋まらないと判断します。
自分の尊厳を守り、自分自身の人生を生きるために、櫂との別れを選ぶのです。
別々の道を歩み始める二人
別れたあと、暁海は仕事をしながら、刺繍作家としての道を模索します。
一方の櫂は、漫画原作者としてさらに成功を重ねていきます。
しかし、人生は順調には進みません。
櫂はあるスキャンダルに巻き込まれ、作品を発表する場を失ってしまいます。
夢を失い、自分自身を見失っていく櫂。
さらに、暁海の母親が大きな借金を抱えてしまいます。
自分一人ではどうにもできなくなった暁海は、ついに櫂に助けを求めます。
かつて別れた恋人に、お金を借りる—— それは暁海にとって、とても苦しい決断でした。
しかし櫂は、暁海から借金を頼まれたことを、むしろ喜びます。
もう一度、暁海とつながることができたからです。
二人の間には、毎月の返済という細い糸が再び生まれます。
しかし、その糸をどう受け止めるかは、二人で違っていました。
暁海にとっては、借金を返済するための関係。 櫂にとっては、再び二人をつなぐための関係。
ここでも二人の思いはすれ違っていきます。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いに行く」
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いに行く」
本作でもっとも印象的な仕掛けの一つが、冒頭の一文。いきなり、この一文から物語が始まります。
「夫の恋人とは誰なのか?」
「なぜ妻はそれを許しているのか?」
「そもそも、この夫婦はどういう関係なのか?」
そんな疑問を抱えたまま物語を読み進めることになります。
そして読み進めるにつれて、その意味が少しずつ明らかになっていきます。
この「夫」は櫂ではありません。暁海は別の男性と結婚しています。
それでも、櫂との関係は完全には終わっていません。
さらに、暁海の夫もまた、二人の過去や現在の関係を理解したうえで、ある意味では受け入れています。
ここで本作が描こうとしている「愛の形」が、非常に複雑になってきます。
一般的な恋愛小説なら、「結婚したら昔の恋人とは縁を切る」という価値観が当然のように置かれます。
しかし、『汝、星のごとく』は、その「当然」を簡単には認めません。
人を愛することは、そんなに単純ではないのです。
そして櫂は病に倒れる
物語後半、櫂は病に侵されます。
仕事を失い、人生に希望を見いだせなくなっていた櫂にとって、それはさらに大きな打撃となります。
生きることそのものに意味を見いだせなくなっていく櫂。そんな櫂に、暁海は再び寄り添います。
そこで出てくるのが、作品を象徴するような言葉です。
「わたしは愛する男のために人生を誤りたい」
この言葉だけを見ると、とても危うい。
「自分の人生を捨てて、愛する人のために生きる」という意味にも受け取れます。
しかし、ここまで暁海の人生を追ってきた読者には、別の意味が見えてきます。
暁海は、誰かに人生を決めてもらいたいわけではありません。
自分の意思で、櫂のそばにいることを選んでいるのです。
親に人生を振り回されていた少女が、自分自身の意思で人生を選ぼうとしている——
ここに、本作の大きなテーマがあります。
〈月に一度、わたしの夫は恋人に会いに行く〉という冒頭に心つかまれる
作者・凪良ゆうさんは、繊細な感情の表現、情景描写の美しさて定評のある作家さんです。同じく本屋大賞に輝いた『流浪の月』など、人の苦悩、ダークな一面をえぐるように描く筆力でも、多くの人に支持されています。
本作でも、特に心の内面を描く筆力には圧巻。私は、〈月に一度、わたしの夫は恋人に会いに行く〉という衝撃的な冒頭文で、あっという間に、本作に惹きこまれました。
ちなみに、ここでいう〈わたし〉とは暁海のこと。〈夫〉は櫂ではありません。夫とはどのようにつながり、何があって、夫が恋人に会いに行くことを容認せざるを得なくなったのかー。
是非、この答え(伏線の回収)は、本書を読んで見つけてください。不安感漂うプロローグを裏切り、物語の最後、エピローグは、美しく優しく穏やかななか幕を閉じます。この辺の構成力にも、凪良ゆうの作家としての凄さを感じます
『汝、星のごとく』を読んで感じたこと
恋愛小説なのに、読後に残るのは「人生」の問い
『汝、星のごとく』を読んでいる途中は、二人の恋愛の行方に心を揺さぶられます。
なぜ、好きなのに離れなければならないのか。
なぜ、もっと素直になれないのか。
そんな、恋愛小説につきもののもどかしさを感じますが、読後に残るのは、もっと大きなテーマ。
自分の人生を、自分で選んでいるか—— という「生き方」への問いです。
人生は、自分の思い通りにはなりません。
子どもは親や家庭環境を選べません。
誰かとの出会いによって、人生が大きく変わることもあります。
仕事を失うこともあれば、病気になったり、努力しても、どうにもならないこともあります。
それでも、その状況のなかで「どう生きるのか」は、自分で選ばなければなりません。
本作が描いているのは、その難しさなのだと思います。
「誰かに幸せにしてもらう」ことの危うさ
本作を読んで、特に印象に残ったテーマが「依存」でした。
登場人物たちは、それぞれ何かに依存しています。
暁海の母親は、夫や恋愛に依存します。櫂の母親も、男に依存します。
櫂もまた、人生の苦境に立たされたとき、暁海とのつながりを求めます。
誰かに幸せにしてもらいたい—— そんな気持ちは、人間なら誰しも多少は持っています。
誰かに自分の人生を委ねると、その人がいなくなった瞬間、自分の人生そのものが崩れてしまう。
本作が突きつけてくるのは、その「危うさ」です。
人に頼ってはいけない、人を愛してはいけない、という話ではありません。
大切なのは、依存ではなく、支え合える関係をつくることなのだと思います。
「お金」と「自立」という現実的なテーマ
恋愛小説でありながら、作品の随所に「お金」と「自立」という現実的なテーマが描かれています。
精神的に自立したいと思っていても、生活するためのお金がなければかないません。
慎ましくても、自分で生活を維持できるだけの収入があれば、「この人から離れても生きていける」という選択肢を持つことができます。
つまり、お金は、「自分で人生を選ぶための力」でもある。
暁海の人生を見ていると、自分を犠牲にし過ぎることなく、「自分はどうしたいのか」を考え、選択して生きていくことの大切さを教えられます。
「わたしは愛する男のために人生を誤りたい」の意味
上記は、本書の中でも、とりわけ印象に残る言葉です。
一般常識的に、「人生を誤る」という言葉はネガティブに聞こえます。
しかし、この作品を最後まで読んだあとでは、その意味が変わって見えます。
世間から見て正しい人生。「普通」とされる人生。
そんなものに自分を合わせることが、必ずしも幸せとは限りません。
だからこそ、暁海は自分自身の意思で「誤る」ことを選ぶのです。
自分で選んだ結果なら、たとえ世間から見て間違っていても、自分の人生として引き受けられる。
本作に出てくる恋愛は、複雑ですし、一般常識な「正しい恋愛」とは言えません。
しかし、暁海は強い意志で自分の人生を引き受け生きています。
「自分の人生を生きる」とはそういうことなのかもしれません。
最後に | 凪良ゆうさんだからこそ描ける「きれいではない愛」
凪良ゆうさんの作品には、一般的な価値観から少し外れた人間関係がよく登場します。
2020年の本屋大賞受賞作『流浪の月』もそうでした。
世間から見れば「普通ではない」とされる関係を描きながら、その当事者にしか分からない感情や事情を丁寧に描いていきます。
月に一度、わたしの夫は恋人に会いに行く——という不穏で不安を感じさせる一文から始まる本作もそんな一冊でした。
人生はままならない。それでも、自分で選んで生きていく
このことの大切さを、恋愛、家族、仕事、お金、病気など、さまざまな問題を通して描き切っていきます。
その構成の凄さに、凪良ゆうさんの筆力を感じずにはいられません。
「二人は結局どうなったのか」という恋愛の結末だけにとどまらない、「自分は自分の人生を生きているだろうか」と考えさせられる小説。
映画も楽しみですが、原作でじっくり味わってほしいです。
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