- 私たちは人生は自分の意思で選択していると思っている/思いたい。しかし、実際は、偶然に極めて大きく左右されていることに気づかされる5つの短編集
- 5編の主人公たちは、もう一人の自分がいる世界=パラレルワールドについて考えずにはいられない出来事を経験する
- 主人公たちを通じ、読者は、❶人生は全くの偶然で紡がれていること、そして、❷一瞬の人とのかかわりが、連鎖し、世の雰囲気を作り出していく ことを気づかされる
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Audible聴き放題対象本
短編集『富士山』ってどんな本?
些細なことで、私たちの運命は変わってしまう。
あり得たかもしれない幾つもの人生の中で、何故、今のこの人生なのか?──
その疑問を抱えて生きていく私たちに、微かな光を与える傑作短篇集
あの時、もし違う選択をしていたら、今頃どうなっていただろうか? そんなことを考えたことが、誰にでもあるでしょう。私たちは自分の人生を考えるとき、運命を左右するのは、悩みに悩んで出した答えであると漠然と思いがち。しかし、ちょっとした偶然、思いつきでの行動が、人生の分岐点となることは、思いのほか大きい。
この事実を気づかされるのが、平野啓一郎さんの短編集『富士山』。収録されるのは5つの物語。それぞれの主人公たちは、もう一人の自分がいる世界=パラレルワールドについて考えずにはいられない出来事を経験する。
そして、読者は、主人公らを通じて、❶人生は全くの偶然で紡がれていること、そして、❷一瞬の人とのかかわりが、連鎖し、世の雰囲気を作り出していく ことを気づかされる。
誰もが自分の「仕事」や「夫/妻」は「自分の意思」で選んだ思っている。しかし、それも偶然の上でのこと。無数にある小さな分岐点のどこかで、別の人・モノ・情報に出会っていたら、別の仕事をし、別の人と結婚し、あるいは、命を失っていたのかもしれない。そうしたら、あなたのかわいい我が子も存在はしていない。
平野啓一郎さんの作品は、「自分」や「自分の人生」を考えさせられる作品が多い。私はそんな平野恵一さんの本が好き。本書では、人生とは「自己意思」「自己決断」で決まるのではなく、「偶然の連鎖」によりつくられていくものであることが、深く心に刻まれました。
短編集『富士山』には、表題作『富士山』、『息吹』『鏡と自画像』『手先が器用』『ストレス・リレー』の5編が収録されています。どの作品もいろんなことを考えさせます。
本書評では、その中から、『富士山』『息吹』『ストレス・リレー』のあらすじと感想を紹介します。
- 「自分の人生」を左右することついて考えてみたい方
- 「自分」をもっと知りたい方
- 「努力」「決断」「意志」という言葉に壁壁している方
富士山:他人を完全に理解することなどできない
富士山:あらすじ
主人公・加奈は、マッチングアプリで知り合った津山と新幹線で浜名湖に出かける。コロナ禍で二人が直接会う機会は少なかったが、津山は真剣に結婚相手と考える相手。津山が手配した新幹線は停車駅が多いが富士山がきれいに見える特等席の「こだまE席」。ダイヤが乱れ、20分停車した小田原駅で、加奈は窓の外に助けを求める少女を見つける。
少女を助けようと行動した加奈。対して、計画通り旅行を続けることを選んだ津山。実際、少女を助けてみると、少女は事件に巻き込まれていた。決定的な倫理観・人間性の違いを感じた加奈は、マッチングアプリ経由で別れを告げる。しかし、その後、加奈は子供を助けて亡くなった被害者として彼の名前を見つけることになる。
津山のことを何も知らずに別れを選んだ加奈。マッチングアプリで選ばれた二人は、「身を呈して人を救う」点で、実にマッチングしていたのだ…
加奈を襲う罪悪感ー。あの日、別の新幹線を予約し、ダイヤが正常で、自分が小田原駅で助けを求める少女を目にしなければ…。津山とのあり得たかもしれない未来について、加奈は何度も考えることになるー。
富士山:感想
出張・旅行・帰省で東海道新幹線に乗ることがある方なら、車窓から望む富士山の風景が目に浮かび上がる物語。
新幹線は交通手段でしかない加奈と、新幹線から富士山を見たい津山が対照的。たわいのないことでも、価値観は人それぞれだと、改めて認識させられます。また、一方で、人と会話をしたところで、相手を理解できるのは、一側面に過ぎないことも。到底、その人の全てを理解することなどできないのだと腑落ちしました。
平野さんが新書『私とは何か』で示しているように、人は「分人の集合体」。その中の「一人の分人」が自分の前に現れるにすぎません。富士山には正面はないように、人にも正面などありません。相手の数だけ、あなたの正面も存在するのです。
1冊読了し、本作が5編の短編の中の1作目として収録されていることにも納得。もしかしたらあったかもしれない「パラレルワールド」への誘いとして、最適な作品でした。
息吹:ある偶然で救われる命
息吹:あらすじ
かき氷屋が満席だったという、たったそれだけで、生きるか死ぬかが決まってしまうことがある。偶然が人生に影響を及ぼすことはとても多いことを教えられる作品。
主人公の男性は、”たまたま“かき氷屋が満席で、”たまたま“ハンバーガー屋に入り、“たまたま” 女性たちが話す大腸検査の話を耳にして、検査を受けてみようと思い立つ。結果、大腸にポリープが見つかり、簡単な検査で切除できたことに胸をなでおろす。しかしー。
もし、偶然が重ならず、大腸ポリープの存在に気づかず放置していたらー。何度もあの日の偶然がフラッシュバックし、自分がガンになってしなったパラレルワールドに入り込んでしまう男性。あり得たかもしれない、ガン闘病&死が頭をよぎり、ウツになる男性を描く。
息吹:感想
私にとっては他人事に思えない話で、話ののっけからのめり込んで読了。
まず一つ目が、私の久しい知人もたまたま人に「大腸がん検査を受けてみたら」と言われて検査したら「ステージ3」。切除でガンの進行を食い止めることができました。正直、手術後、そして、大腸切除の後遺症が全くないわけではありません。しかし、一緒に旅行ができる元気さを取り戻しました。その知人とは、「まだ死ぬのは早いと、神様に生かされた。〇さんのアドバイスに感謝せねばね」と、「その偶然」を時々語り合います。
二つ目が自分の経験。子宮頸がん検査で、放置するとガンになるかもしれない超初期のガン・子宮頸部異形成と診断された経験が…。「ガンになるかも」という恐怖は、ガンとは診断されない初期の段階であっても恐怖😱でしかない。ガンっを告知されると「が~ん」となると言いますが、これ、本当。私も「が~ん」となり、人生総悲観モードになりました。この経験は、まさに、息吹の主人公と重なります。
ガンの超初期段階は、「経過観察で見守るしかない期間もある」と知り、こんだけ医療が発達しているのに、ただ観察って…って医療の現実を知ったことが、つい最近のことのように思い出されます。
病気や事故の類は、もはや人生の努力とは関係がないレベルのお話。津波・地震・戦争だってそう。こういう自分の意思レベルでどうしようもないことが、人生を大きく左右していることが多いと、本作を読んで、大いにうなづきました。
ストレス・リレー:人から人へと感染を繰り返す「ストレスの連鎖」
ストレス・リレー:あらすじ
人から人へと感染を繰り返す「ストレス」の連鎖を描く物語。
1人の会社員から始まるストレスの連鎖。会社員は空港の小さなトラブルと飛行機の遅延でイライラ。ため込んだ怒りと疲れが蕎麦屋店員の対応で爆発する。怒鳴られた店員は、その出来事を悲しみ、夜中まで母を前に泣き続ける。そんな娘に疲れ切っていた母親は、高校の同級生からの出席メールを無視してしまう。幹事を担う同級生は返信がない同級生への苛立ち発散のために…。
ストレスを伝播させる人々は、どこにでもいる普通の人。しかし、ストレスは新型コロナ感染のように、ほんのちょっと接触した人たちを、ストレスで染めていく。
ストレス・リレー:感想
ストレスが、まるでウイルスのように、人を感染させていく様が見事な臨場感で描かれる。 ストレスのドミノ倒し。世の中の息苦しさがリアルに迫ってくる。 こうして、世の中に「不快・不満・怒り」が渦巻くのだなぁと…
イライラや疲れが、普段なら寛容に許せるはずが、人を罵倒する結果となった経験は誰でもあると思う。特に、今後関わりを持つことがない店員、東リ須賀利の人に八つ当たりのように横柄な態度をとる人はどこにいて、そういう光景をを見ている人をも不愉快な気持ちにさせます。
こんな世だからこそ、そんなストレスの連鎖を止めた人は英雄。本作は、そんなストレスの連鎖を止めた英雄・ルーシーでストーリーの幕は閉じます。どう連鎖を止めたかは、是非、本書でご確認を!
なお、本書を読みながら思い出したのは一穂ミチさんの『ツミデミック』。こちらは、コロナ過でコロナウィルスが伝搬で、これまでになかった罪・罪悪が生まれる世の中を見事に描いています。
最後に
今回は、平野啓一郎さんの短編集『富士山』から、3編のあらすじと感想を紹介しました。
本作にはこれ以外にも、ある男性がすべてを終らせたいとナイフを手にした時を描く『鏡と自画像』、子どものころに掛けられた一言で話が紡がれる『手先が器用』を収録。どの作品も、読者に、自分で決めた人生を歩んでいると思っているけれど、本当にそうなのだろうかー と問うてきます。
正直、どれも後味のいい話ではありません。しかし、読者に多くを考えさせる。
意思と偶然。自分の人生を考えたり、この先どう生きようかと考える際に、これまでとは異なる視点を与えてくれるいい作品です。多くの人に、読んでもらえたらと思います。
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