- 地面師とは、他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺師集団。土地の所有権を巧妙な手口で偽造し、巨額の金銭を騙し取る日本特有の犯罪グループ
- 地面師詐欺の手口には基本構造がある。また、被害者にも落ち度がある
- 犯罪者はどう騙し、被害者はどう騙されるのかー
手口を知っておくことが犯罪被害者にならないための備えとなる。私が感じた「事件からの教訓」も記事内に記載
★★★☆☆
Audible聴き放題対象本
『地面師』ってどんな本?
地面師とは、他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺師集団。土地の所有権を巧妙な手口で偽造し、巨額の金銭を騙し取る日本特有の犯罪グループです。
普通、犯罪の手口に迫るノンフィクションは、発売当時は売れても、時間が経つと事件は忘れ去られ、同時に本も売れなくなるのですが、森功さんの『地面師』は売れ続けているノンフィクション作品。
新庄耕さんの小説『地面師たち』シリーズや、小説を原作にした綾野剛/豊川悦司主演のNetflixドラマ『地面師たち』の人気によるところが大きいですが、小説やドラマをきっかけに、実際の事件の手口はどうだったのかと興味を持つ人が後を絶たないということなのでしょう。私も事件については知っていましたが、遅ればせながら、森功さんの原作ノンフィクションを読んでみた次第です。
なぜ、プロの不動産会社が巧みに巨額の資金をだまし取られたのか、その複雑にして巧妙な手口には驚かされます。また、地面師の多くは逮捕されても、証拠不十分で不起訴になるという点にも驚きです。
地面師の存在は決して過去のモノではありません。事件発覚で明らかになる手口を元に、さらに巧妙な犯罪手口が生み出されるのが現代社会です。犯罪小説・ドラマを、エンターテインメントとして楽しむだけでなく、身の回りにあるリスク、日本の病巣、人間心理を知る上でも読んでおきたい。
不動産関連会社に勤める方はもちろん、放置したままの土地を持っている地主の方、そして、不動産投資をするかたも、詐欺の手口を知るべく、読んでおくべき1冊です。
参考まで、私が事件から感じた教訓もまとめました。参考になれば幸いです。
- 不動産業界に席を置く方、放置したままの土地をお持ちの方、不動産投資をする方
- 資産を守るため、詐欺の手口を知っておきたい方
- 犯罪手法や人間心理に興味を持つ方。社会問題に興味がある方
- 小説版、ドラマ版『地面師たち』をご覧になった方
地面師の手口
本作が最も大きく取り上げるのは、積水ハウスが巻き込まれた地面師詐欺事件。2017年に積水ハウスが東京・品川区の高額不動産を巡る取引で約55億円もの被害を受けました。日本の不動産業界史上でも注目を集めた巨額先事件です。
積水ハウス 詐欺事件
事件の概要は以下の通り。
- 対象物件
- 東京都品川区の一等地にある約2,000平方メートルの土地(旅館跡地)
- もともと高齢の女性が所有
- 詐欺の手口
- 詐欺グループがその所有者になりすますことで不正取引を計画
- 詐欺グループは組織的に行動。それぞれが役割分担をして犯行を遂行
- 偽造の印鑑証明書や本人確認書類を用い、本物と見分けがつかないほど精巧な書類を作成
- 詐欺グループは積水ハウスに対して、巧妙に売却を持ちかけ。積水ハウス側は、偽造書類や不正な手続きを見見抜けず
- 取引と被害額
- 積水ハウスは、土地の売買契約を締結し、約63億円を支払い。後日、この契約が偽造であることが発覚
- 最終的に積水ハウスは約55億円の損害を被る
本書では、この具体的な手口を、具体的なストーリーで解説します。偽造された書類、成りすましの演技、協力者との共謀など、読者が驚くほど綿密な計画が描かれています。
では、この詐欺事件はその後、どうなったのか。事件発覚後の展開は以下の通りです。
- 警察の捜査と逮捕
- 警察が地面師グループを捜査し、複数のメンバーを逮捕。全員が捕まったわけではない
- 積水ハウスの対応
- 積水ハウスは内部調査を実施。契約のプロセスにおけるチェック体制の不備があったことを認める
- 社内での責任追及や経営陣の退任を実施
地面師の詐欺が綿密・巧妙であるが故に、警察は関与が疑われる犯罪関係者すべてを逮捕できたわけではありません。むしろ、逮捕者の方が少ない。それ故に、次なる地面師詐欺が繰り返され、被害が拡大しているのです。
地面師詐欺の基本構造
地面師詐欺事件の基本的な構造はほぼ同じ。特徴は以下の通り
- 狙われるのは、都心の一等地など、誰もが欲しがる物件。土地を有効活用していないのにも関わらず、手放そうともしない
- 不動産市場の変化を嗅ぎつけ、地主の替え玉を仕立て詐欺を実行。架空の売買契約にサインし、お金を支払ったとたん、資金は送金され、闇に消え、取り戻せない
- 詐欺グループは10人前後で構成。主犯格の「ボス」を筆頭に、なりすましの演技指導をする「教育係」、なりすましを見つけてくる「手配師」、偽造書類を作成する「印刷屋」「工場」「道具屋」、振込口座を用意する「銀行屋」「口座屋」、さらには法的手続きを担う「法律屋」など、細かく役割分担されている
- 犯罪を起こしても、ほとんど刑を受けることがない(大半は証拠不十分で不起訴)
犯罪を起こしてもほとんど不起訴になるとは驚き。さらに、事件の規模の割に、テレビなどで大きくほじられることがないのも特徴です。
犯罪者・被害者・被害物件の素顔
本作では、現実の事件が持つ緊迫感や、地面師たちの巧妙さが、ドラマのように鮮やかに描写されています。
一方で、ネットで捕まった地面師たちの顔を見ると、キレキレのやり手詐欺師の印象はありません(どうしても、土地(トチ)狂っている奴らのイメージが...)。一見、見た目はどこにでもいそうな冴えない初老グループ。ドラマの俳優のイメージが大きいと、そのギャップに不安感が減少します。ただ、それが、ダマシのテクでもあります。警戒心が薄れるからです。
一方、詐欺物件となった土地を見ると、都内の優良地に放置された廃業ボロ旅館。不動産業に関わる人でなくとも、なんとももったいない物件だと思ったことでしょう。犯罪に巻き込まれた土地所有者にも、土地管理に問題があったことは事実。典型的な狙われやすい境遇のお金持ちであったことが伺えます。
事件が示す教訓
正直、本書を読んでいて、手口が複雑。巧妙でよくわからなくなりました。しかし、複数の巨額詐欺事件の存在を知り、細かな手口はどうでもよくなりました。しかし、事件からの教訓はあります。
以下、事件が示す教訓を私なりにまとめてみます。
- 資産家の心得
- 不動産は目に見える。管理が行き届いていない価値ある物件は詐欺師の標的になると心得よ
- 管理者不在な物件、管理者が曖昧な物件は格好の標的。病気や認知症の高齢者も格好の標的
- 不動産関連の手続きはお金もかかるし知識もいる。しかし、面倒だから、相続物件だから… と放置してはいけない(最悪の場合は、殺害される)
- 不動産登記制度の不透明性・脆弱性
- 日本の登記制度は、所有者確認のプロセスが書類中心で、不正が行いやすい側面がある
- 高齢者や所有者不在の土地では、この問題が顕著になる
- 犯罪者心理、被害者側の心理
- 不動産は高額取引。故、詐欺が成功すれば、振り込め詐欺などとは比較にならない巨額な利益をもたらす
- 巨額な利益のために、犯罪者側は知恵を絞る。人間の欲を刺激し、突発的な申し出変更で、相手を揺さぶる
- 詐欺師は極めて情報に敏感。頭がいい。感も働く。
- 巨額な詐欺事件を仕掛けられる頭を持つ人物は少ないが、だからこそ、多くの事件に関わっている
- 被害者親族も、巧妙に「欲」をくすぐられ、犯罪に加担してしまうこともある
- 専門家や大企業であっても、巧妙な詐欺に引っかかるリスクは存在。特に内部のチェック体制に甘さがあると、巨額をだまし取られる
- 警察への過信
- たとえ巨額の詐欺被害の調査を警察に願い出ても、すぐに調査してもらえると思ってはいけない
- たとえ、弁護士などが介在しても、警察が動いてくれるとは限らない
- 警察の調査で、全ての犯罪の手口が明らかになると思ってはいけない
- 警察の調査で、詐欺に関与した犯罪者がすべて捕まると思ってもいけない(むしろ、簡単に釈放されるものが多い)
正直、本書を読んでいて感じたのは、地面師の詐欺手口の巧妙さだけでなく、そこには、「現代社会の構造的な問題」があるという点です。登記制度や不動産市場の透明性の欠如が、詐欺を成立させる余地を与えていたり、犯罪者が取り調べを受けても、現在の法制度の元では捕まえられないという歯がゆさもあります。
そして何より、「人間は金銭欲に弱い」。欲に突き動かされる犯罪者の欲エネルギーは極めて高いですし、被害者側も「(儲けるために)この物件が欲しい」と思えば、視界が曇り、確認作業も疎かになります。
事実、犯行グループが同じ物件の詐欺を複数の企業に持ち掛けても、全ての人が同じように騙されるわけではありません。「何か、おかしい」と思って、アナログな確認調査を行って、詐欺だと気づいた企業も存在します。
私たちは「自分は犯罪には巻き込まれない」と思いがちです。犯罪の手口を知ることで、「こんなケースもある」という知識を持っておくことが必要だと改めて感じた次第です。
資産・お金には様々なリスクが伴います。貯蓄、投資、税金、その他、お金に関する広い知識を身につけて、リスク回避に努めましょう。
最後に
今回は、森功さんの犯罪ノンフィクション『地面師』からの学び・教訓を紹介しました。
犯罪は時代と共に変化し、また、巧妙さも増していきます。犯罪の被害者にならないためには、犯罪者の手口を知っておくことも重要です。本作は、そんな手口を知るいいきっかけを与えてくれます。土地所有者、不動産投資をする日人も読んでおくべきです。
一方、悔しさを感じずを得ないのは、犯罪者の多くが捕まることなく世にはびこっているという実態。しかも、犯罪が明るみになっても、お金は被害者の元にほとんど戻ることがありません。
つまり、そのお金は巧みに隠され、逮捕されても、犯罪者は出所後に何らかの分配を手するのです。積水ハウスの被害額はその額55億円。仮に関係者が10人とすれば… 犯罪者になろうが割に合うと考える輩がいてもおかしくありません。
つくづく、犯罪撲滅は本当に難しい問題だと思わされます。