- 真珠をモチーフにした、原田マハさんらしい優しい短編集
7つの物語を「真珠」というモチーフでつなぎ、傷ついたり、経験を重ねたりしながら、少しずつ人生が「円く」なっていく過程を描いた短編集。 - 読了後、モチーフとタイトルの匠さが際立つ
人間も真珠と同じように、傷つきつきあんがらも、さまざまな経験を受け入れ、時間を重ねることで、その人にしかない輝きを増していくのだと感じさせられる。 - コンパクトな一冊だからこそ、じっくり味わいたい
144ページで手軽に読み終えられるが、自分が「丸くなった出来事」を思い出しながら、じっくり味わいたい作品。
★★★★☆ Audible聴き放題対象本
『すべてが円くなるように』ってどんな本?
【Audible】30日間体験無料 ※いつでも解約可
原田マハさんといえば、「アート長編小説」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』など、実在の芸術作品や画家を物語に取り込み、アートと人間ドラマを重ね合わせる作風で知られる作家です。私が好きな作家の一人でもあります。
その中で、『すべてが円くなるように』は、これらの長編作品とは少し趣が異なる短編集です。
祖母と孫、母と娘、女友達といった女性たちの出会い、家族の記憶、人生の転機、夢への挑戦などを描いた7つの物語が収められています。144ページという比較的コンパクトな一冊の中に、様々な女性の生き様が描かれています。
そして、7つの物語をつなぐ共通のモチーフが「真珠」と、タイトルにもなっている「円くなる」という言葉です。
人生は、いつも思い通りに進むわけではありません。
誰かとの関係がこじれたり、傷ついたり、自分の選択に迷ったりすることもあります。
しかし、時間が経つことで、当時は鋭く尖っていた痛みが、少しずつ丸くなっていくことがあります。
忘れるわけではない。傷が消えるわけでもない。
それでも、出会いや、美しいものとの接点を重ねることで、
人生の起動が変わったり、過去の出来事を別の角度から見られるようになる。
本作は、そんな人生の「角」が取れていく瞬間を描き出します。
また、本作にはアムステルダム、ロンドン、シカゴ、鳥羽湾など、国内外のさまざまな場所が登場します。
私自身、旅先で訪れた場所と重なる場面もあり、その土地の風景や空気感が鮮明によみがえりました。
物語を読みながら、かつて自分がその場所で感じた空気まで思い出す。
そんな読書体験ができたことも、本作の大きな魅力でした。
真珠が時間をかけて、ゆっくり、丸く、美しくなっていくように、静かな時間の中でじっくり味わいたい作品です。
『すべてが円くなるように』あらすじ
7つの短編は、それぞれの物語は独立していますが、「真珠」というモチーフによって緩やかにつながっています。
その中で、私が最も心惹かれたのは、第一話の「フェルメールとの約束」。
読者は、最初の物語から、いかにも原田マハさんらしい世界へと引き込まれます。
主人公は、フェルメールに強い思いを抱く作家です。
アムステルダムで開催されるフェルメールの展覧会を見るため、チケットもないまま現地へ赴きます。
彼女がその展覧会に寄せる思いは、単に「フェルメールの作品を見たい」というものではありません。
そこには、作家として、そして一人の人間として、どうしても叶えたい特別な思いがありました。
しかし、フェルメールといえば、世界中から愛される画家です。
その特別展ともなれば、チケットを手に入れることは容易ではありません。
ホテルでダメもとで手配できないか尋ねますが、やはり困難だと伝えられます。
ところが、ここから思いがけない展開が始まります。
ホテルで一人の女性コンシェルジュを紹介され、その女性からある提案を受けることになるのです。
そして、その提案が、彼女の今後の人生にも大きく響く、素敵な幸運をもたらすことになります。
マハさんは、芸術作品をただ「鑑賞するもの」として描くのではなく、作品、そして、それにまつわる出会いよって、人の人生そのものが動き出す瞬間を描き出します。とても素敵な物語です。
『すべてが円くなるように: 』感想
モチーフとタイトルが、なんて巧みなんだろう
なんて巧みなモチーフとタイトルなのだろう—— これが、私が読了後に感じた感想でした。
「真珠」と「円くなる」という言葉が、7つの物語を味わう重要な鍵になっているのです。
そもそも、真珠は、「貝の防衛反応」によって生まれることをご存じでしょうか。
貝の体内入り込んだ異物に自身が傷つかないように、貝はその異物を幾重にも真珠層で包み込んでいくのです。
そして、真珠層が厚くなるほど、光が内部で反射し、深みのある輝きが生まれます。
つまり、真珠の美しい光沢は、長い時間をかけて幾重にも層を重ねることで生まれるものなのです。
この過程は、人の人生にも重なります。
人間も、生きていれば傷つきます。
失敗もするし、後悔もする。
人間関係に悩むこともあれば、自分の選択に自信を失うこともあります。
けれど、それらの経験を時間をかけて積み重なることで、その人にしかない深みが生まれる。
そう考えると、真珠というモチーフ、丸くなるという言葉が非常に意味深く感じられます。
7つの物語で描かれているのも、まさにそうした人生です。
「円くなる」とは
「円くなる」という言葉は、一般的には、物事がうまく収まり、結果的に良い方向へ向かったときに使われます。
しかし、本書が描いている「円くなる」は、単純なハッピーエンドとは少し違うように思います。
人生には、完全には解決できないことがあります。
失ったものが戻ってくるとも限りません。
それでも、時間が経ち、新しい人・出来事・風景など、出会いを重ねることで、過去の出来事に対する自分の受け止め方が変わり、「あの経験があったから今の自分がいる」と思えることがあります。
つまり、自分の中で、その出来事の形が変わっていく。
本書における、「円くなる」ということなのかな、と感じました。
そう考えると、人生の試練も、単なる苦しい経験ではなく、自分を少しずつ形作り、やがて自分を輝かせるための一つの層だったのかもしれないと、自然と受け止められます。
派手ではない。でも、だからこそ心に染み入る
本作を読んでいると、旅先で訪れた場所の記憶が、そのときに感じた感覚とともによみがえってきました。
美術展で素敵な絵に出会ったときの感動。
アムステルダムの穏やかな空気と、運河の水面に反射するキラキラとした光。
ロンドンの空の低さと、どこか硬質な街の空気。
冬のシカゴのキーンとするような寒さと、自然と身が引き締まる感覚。
鳥羽湾の水面のきらめきと、遊覧船で感じた潮の香り。
単に物語の世界に入り込むだけではなく、自分自身の過去の記憶まで呼び起こされるのです。
そんな描写力に長けた作品なのです。物語とその土地も絶妙にマッチしています。
本作は、強い刺激を与えるタイプの作品ではありません。しかし、読者の心にゆっくり染み込んできます。
最後に
『すべてが円くなるように』は、「人生が円くなる時間」を、真珠の輝きに重ねて描いた、原田マハさんらしい優しい一冊でした。
144ページというコンパクトな短編集なので、一気に読み終えることもできます。
しかし、急いで読み終えてしまうよりも、自分の経験と絡めながら、少しずつ味わいながら読むのが似合う一冊です。
きっと、あなたの人生にも、「あの出来事があったから、少し自分が丸くなれた」と思える経験があると思います。
そんな出来事を思い出しながら、本作を、じっくり味わってみてください。
※解約はいつでもOK







