- 読む必要がなくなった結果、「読めなくなった」
現代人の読書離れを「活字離れ」や「スマホ依存」といった精神論で語らない。読書能力の低下ではなく、情報環境そのものの変化を捉えた視点が鋭い一冊。 - 「わかりみ」は思考を終わらせ、「おもしろみ」は思考のスタートさせる
現代は、すぐ理解できて共感できるコンテンツが好まれる時代である。しかし本来の読書は、わからなさや違和感に向き合い、自分の思考を広げる営みだった。著者はこの違いを「わかりみ」と「おもしろみ」という言葉で整理し、読書が持つ本質的な価値を浮かび上がらせる。
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『本を読めなくなった人たち』ってどんな本?

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最近、長い文章を最後まで読めなくなった…
昨今、そんな人は少なくありません。
上記の案内画像にもある通り、現代社会はこう考える人で溢れています。
- 何より結論が欲しい
- 長い文章はAIで要約して読めばOK
- 文章を読むより動画を倍速で見る方が効率的
- 検索すらしんどい。レコメンドして。
『本を読めなくなった人たち』の著者の稲田豊史さんは、現代人の読書離れを、単なる「若者の活字離れ」や「スマホ依存」の問題として片付けません。
むしろ本書が描いているのは、「なぜ現代人は《合理的に》本を読まなくなったのか」。
かつては、情報・知識を得るには本を読むしかありませんでした。
しかし、現在は、X、Youtube、TikTok、ChatGPT、NotebookLM など、本以外の情報取得手段が無数にあります。
コスパ・タイパが重視される時代の中で、しんどい本を「読まなくても済むようになった」のです。
しかし、一方で、多くの人が本を読まなくなったことで、社会規模での悪循環も起こっています。
このことは、単に個人の読解力の低下という問題だけに収まらず、本を読む人にもマイナスの影響を与えています。
無料ニュースサイト、SNS、電子書籍、書店などを切り口に、「本を読む文化」の現在地を探った一冊です。
まずは、現実を知ることが大事です。本好きにの私にとっては、考えさせられる1冊となりました。
本を読まなくても困らなくなった現代人に起こったこと
私たちはつい、「若者は本を読まない」「スマホのせいで読解力が落ちた」と言いたくなります。
しかし、著者は、多くの学生や若者への取材を通して、「本を読まないことには合理的な理由がある」と指摘します。
本を読まないからと言って、知識に興味がないわけではありません。
むしろ、若者の情報への接触量は過去最大です。変わったのは、情報の取り方です。
情報過多の時代、人々は常に「その情報に時間を使う価値があるか」を判断しています。
その結果、
- 情報は点で取得する
- 体系的には取得しない
- 必要な部分だけ切り取る
というスタイルが一般化しました。
長い文章をじっくり読むこと自体が敬遠されるようになり、読書は「教養のための行為」ではなく、「コスパの悪い行為」と見なされるようになったのです。
そして、その結果として、「読む必要がない」→「読まない」から「読めない」へ、
長文読解力や集中力そのものが失われ始めています。
「即結論」と「わかりみ」が重視される時代

本来の読書とは、自分の知らない世界に触れる体験でした。
ところが現在は、自分がすぐ理解できるもの、自分に近いものばかりを選ぶようになっています。
著者はこの傾向を「わかりみ」という言葉で説明します。
- すぐ理解できる
- 正解がある
- 共感できる
- 自分事として感じられる
つまり、「わかる」が最優先される世界です。
その結果、本が持っていた「未知との出会い」の価値は弱まり、テキストとの向き合い方も消費的になりました。
これに対して著者が提示するのが、「おもしろみ」という概念です。
- 難しい
- 違和感がある
- 未知の概念である
読書で言えば、「なるほど」「わかる!」ではなく、こちらは「えっ、どういうこと?」となる読書です。
著者は、「わかりみは思考を終わらせるが、おもしろみは思考を始める」と指摘します。
この点に大いに納得🤔
たとえば、歴代芥川賞受賞作には、すぐ理解できない作品が少なくありません。
「えっ、どういうこと?」と、読了後に「思考読書」が始まった本が複数あります(例えば)。
一方で、本屋大賞作品は「わかる」「共感できる」が強く、多くの読者に支持されます。
もちろんどちらが良い悪いではありません。
ただ、哲学書も文学も歴史書も、私たちの世界を広げてくれるのは、多くの場合「わかりみ」より「おもしろみ」だということです。この指摘は、今後の読書に活きる学びとなりました。
爆発的に増える無料コンテンツの弊害
今の若い世代は驚くほどコスト意識が高く、情報にもお金を払いたがりません。
スマホさえあれば情報は得られる。本を買わなくても困らない。
さらに、ラクチン&楽しいを求める人間の脳の特性も加わり、多くの人が刺激的で手軽な無料コンテンツへ流れることとなりました。
結果、何が起きたか——
質の高い情報を作る人が報われなくなります。
取材にも執筆にも編集にもコストはかかる。それでも読まれない。買われない。
結果として、発信する側も「読まれる情報」へ寄せざるを得なくなります。
読まれないから、質の低い情報がばかりが増え、本は高くなり、書店は減り、知との偶然の出会いが失われていく。
便利さの裏で起きているこの悪循環こそ、本書が描く重要なテーマの一つです。
この本からの学び①|本好きの思考は少数派
本好きの私にとって、読書は極めて効率の良い情報源です。
古今東西の賢人の知恵に数百円からアクセスできる。これほど高コスパでワクワクできる娯楽はなかなかありません。
しかし本書を読むと、それは「読書好きの常識」であって、現代の多数派の感覚ではないことに気付かされます。
1か月に1冊も本を読まない人から見れば、読書はむしろ非効率。これが現代の若者の常識です。
要約動画なら10分。本なら数時間。その差だけを見れば、確かに読書はタイパが悪い。
しかし本には、要約では得られない体験があります。
考える。想像する。立ち止まる。疑問を持つ—— そうした時間そのものに価値があるはずです。
私はこれからも読書を続けます。効率だけでは測れない豊かさが、そこにはあるからです。
この本からの学び② | 「セレンディピティ」は贅沢品になった
本屋で偶然手に取った一冊が人生を変えた。本好きなら一度は経験があるでしょう。
しかし著者は問いかけます。——その体験は、誰もが享受できるものなのか、と。
偶然の出会い=セレンディピティを楽しむには、「時間」「お金」「精神的余裕」が必要です。
気になった本を買う。読んでみる。ハズレても気にせず次の本へ進む——。これは意外と贅沢な行為です。
私自身はKindle UnlimitedやAudibleを活用することで金銭的なハードルを下げていますが、それだけでは十分ではありません。読書を楽しむには、お金以上に「時間」と「心の余裕」が欠かせないのです。
著者は、誰もが時間やお金に追われ、格差の拡大も進む現代社会のなかで、次のように指摘します。
「セレンディピティそのものが特権化している」
本を読むこと自体が、実は恵まれた環境の上に成り立っている。この一文は強く印象に残りました。
この本からの学び③|将来の読解力はどこへ向かうのか
著者は将来の読書能力をラテン語になぞらえます。
かつて教養人の必須スキルだったラテン語は、今では一部の専門家だけが扱う知識となりました。
長文読解力も同じ道をたどるかもしれない。
つまり、「複雑な文章を読み、自分で考える能力」が一部の人だけの教養になる。そんな未来です。
AIが要約し、動画が説明し、検索が答えを与える時代。
それでも本を読み、複雑な議論を追い、自分の頭で考える人は、ますます少数派になるでしょう。
そのうえで、自分はどちらを選ぶのかが問われます。
読書、哲学、文学、歴史、芸術。どれも即効性はありません。
けれど、人の視野を広げる体験の多くは効率では測れません。
読書は知識を得るためだけではなく、思考する力を鍛えるための場でもある。
本書は、そのことを改めて教えてもらいました。
まとめ
『本を読めなくなった人たち』は、読書離れを嘆く本ではありません。
なぜ人々が本を読まなくなったのか。
なぜ「読まない」が「読めない」へ変わりつつあるのか。
そして、その変化が社会に何をもたらすのか。
本書は現代の情報環境からその理由を丁寧に解き明かしてくれます。
誰もが結論だけを求める時代だからこそ、本を読む価値はむしろ高まっていると思います。
もし最近、本から少し離れていたなら——
「なぜ自分は本を読まなくなったのか」「どんな未来を選び取るのか」を考えるきっかけを与えてくれるはずです。
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