- 福祉保健事務所関係者が縛って餓死させて殺す連続殺人が発生。護られてしかるべき人が護られず、切り捨てられてたことから始まる悲劇の物語。社会福祉の問題を世に問う問題作。
- 怒り、哀しみ、憤り、葛藤、正義が交錯。事件の裏に隠された真実があまりに切ない
- 映画は大ヒット。しかし、映画より原作小説のストーリーはより過酷で泣ける。ラストも異なる
★★★★★
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『護られなかった者たちへ』ってどんな本?
貧乏ってのはありとあらゆる犯罪を生むんだ。
上記言葉は、日本の社会問題に警鐘を鳴らす、中山七里さんの小説『護られなかった者たちへ』の中のセリフ。
本作が取り上げるテーマは、「生活保護の実態と貧困」。
護られてしかるべき人が護られず、切り捨てられてたことから始まる悲劇の物語。
読んでいて、とにかく心が痛い。貧困がどれほど人を不幸たらしめるか、圧倒的なリアリティと、考え抜かれたストーリーで見せつけられます。そして、最後の最後にどんでん返しに、さらに涙…
2022年以降進んだ円安は、日本人の貧困に拍車をかけています。
貧困は何をもたらすかー
映画化もされましたが、原作の方が泣けます。「貧困問題」を再認識するためにも読んでおきたい小説です。
護られなかった者たちへ:あらすじ
護られなかった者たちへ:あらすじ
舞台は、東日本大地震から9年後の仙台。
全身を縛られたまま“餓死”させられるという不可解な連続殺人事件が発生。
第一の被害者は、仙台市内の保健福祉センターの元課長の三雲忠勝。
物取りの可能性は低く、「怨恨」が疑われるが、被害者は人格者で知られており、悪い噂が見つからない。
事件を追うのは捜査一課刑事の笘篠誠一郎。三雲が勤務していた福祉保健事務所を訪問。ケースワーカーの円山菅生に、三雲が過去に関わった生活保護の受給について話を聞く。そんな中で、笘篠らは、生活困窮者のリアルな惨状と、その受給決定にかかわる役所担当者の葛藤、実態を知る。
そこに、第二の事件が発生。被害者は、同じ保健福祉事務所の元所長の城之内猛。彼も「人格者」と評される人間であった。
捜査線上に浮かび上がったのは、利根泰久。利根がしたっていた遠島けいの生活保護受給相談で過去に三雲を暴行を加えた過去があることを突きとめる。遠島けいは生活保護が認められず、餓死していた。
利根の過去に何があったのか?
こんな無残な殺し方をするに至った理由はなんなのか?
罪を犯してまで、護りたかったものとはー
やがて事件の裏に隠された、切なくも衝撃の真実が明らかになってい…
ストーリーの概要を知るには、上記映画紹介動画を見るのが最も早い。上記動画だけでも、胸が苦しくなります。目が潤みます。
しかし、原作小説に描かれる貧困の実態は、映画以上に過酷。私は、ページをめくりながら、嗚咽が止まりませんでした。人前では読書できないくらい、泣きました。
護られなかった者たちへ:主な登場人物
■警察関係者
笘篠誠一郎:捜査一課刑事。妻と子を東日本大震災で亡くす
蓮田 :若手の捜査一課刑事。笘篠と共に三雲の餓死事件を捜査
■容疑者関連
利根勝久 :事件容疑者。過去に福祉保健事務所の三雲を暴行して服役
遠島けい :過去に利根が慕っていた老婆。生活保護が認められず、餓死
カンちゃん:利根と同じく、遠島けいを慕う
■福祉保健事務所関係者
三雲忠勝 :一人目の被害者。福祉事務所 第一課課長。周囲から人格者と評価
城之内猛 :二人目の被害者。元事務所所長
円山菅生 :ケースワーカー。真面目に勤務
上崎岳大 :元所長。「宮城セレブリティ倶楽部」に所属
護られなかった者たちへ:感想
作品全体を通じて、非常に重たいテーマです。フィクションですが、現実に同じような事件が起こっても不思議ではないと思えるような内容です。
以下、さらなるネタバレを含むので、まずは作品を楽しみたい方は読まないでください。
映画より小説の方が、圧倒的に壮絶
本作は映画でご覧になった人が多いと思います。しかし、映画は尺の都合、どうしても原作の大事なシーンをカットされます。そのため、重要な事件・伏線が描かれません。また、舞台映えするように、配役設定も原作と異なる場合があります。
以下は、映画と原作の大きく異なる点です。
- カンちゃんは、映画では女性。原作では男性
- けいさんの自宅に残されていた「遺言ともいえるメッセージ」
- 不正の暴かれ方
- カンちゃんが最後に発したメッセージと、そのメッセージが生活保護行政・世間に与えた影響
- ラストシーンの終わり方
貧困の壮絶さ、事件の悲惨が簡略化されて描かれてしまいます。
私が原作本で最も涙が止まらなかったシーン(遠島けいが餓死に至る壮絶な貧困生活)は描かれていませんでした。
さらに、大きく原作と異なるのがラストシーン。ラストシーンで描かれた利根と笘篠刑事のやり取りは映画オリジナル。映画も良かったですが、「原作小説の方が優る」というのが私の感想です。
映画しか見ていない方は、是非、原作小説を読んでほしいです。
生活保護の闇
連続殺事件発生の発端は、疑似家族ながらも心が通う家族であった、遠島けいの餓死。
利根、カンちゃん、けいおばあちゃんは、東日本大震災という災害を通じて出会った疑似家族。利根、カンちゃんに食事や優しさをくれたのが遠島けい。貧しいながらも温かい疑似家族生活を経て、3人の間には、皆を護り合おうとするつながりが形成されていきました。
それから、時間は経過し、独立して生活を始めた利根。久しぶりに会った、けいおばあちゃんは壮絶な貧困に見舞われていました。それを見かねた利根は、けいおばあちゃんと共に、生活保護を求めて複数回にわたって、保健福祉課を訪れます。しかし、証明が難しい申請内容につまずき、書類を提出できず、結果、生活保護で守られることはありませんでした。
けいおばあちゃんの不受理の裏には次のような「生活保護の闇」の闇がありました。
- 社会保障費の予算不足を背景とする福祉保健事務所職員の行き過ぎた水際作戦(申請の却下)
- 生活保護費が少ない方が自治体としては優秀とみなされてしまう行政の闇
けいおばあちゃんの餓死は、生活保護の仕組み、そして、行政というタテ社会の中での地方公務員の上層組織への忖度が重なって生み出された「不幸」だったのです。
それぞれが、大事なものを護ろうとした
完全にネタバレになりますが、以下が顛末です。疑似家族3人は、それぞれが相手を護ろうと努めました。
円山は護れなかった遠島けいのために己を賭して復讐を実行した。
利根は弟分である円山を護るために八年間の刑務所生活を過ごした。
事と次第によってはその後の人生までフイにしかねなかった。
遠島けいは飢えで薄れていく意識の中、最後まで自分の息子たちを護ろうとした。
皆、自分の護るべきものを必死に護ろうとした。
そして今回の事件で、利根はカンちゃんを….
さらに事件の真相は先にあります。ここからは是非、小説で読んでみてください。
諸悪の根源は「貧困」
生活保護には、
・不正受給
・社会保障費問題
をはじめ、様々な問題を抱えています。
行政側の立場に立てば、どんなに真っ当な対応をしても、申請を却下すれば、逆恨みされます。
生活保護問題も、諸悪の根源は「貧困」です。「貧しさ」が最大の問題です。
貧乏な人間全員が犯罪者になる訳ではありません。犯罪に走るかどうかは別の要因であり、「殺人」自体を容認することはできません。しかし、貧困者の犯罪が多いのは事実。「貧困」は様々な問題を引き起こし、人を不幸にします。
小説の中には、生活保護を求める困窮者と職員のやり取りがいろいろ出てきます。これを読んでいるといろいろ考えさせられます。貧困は家族を不幸にし、そして、多くの犯罪を生みます。社会に様々な軋轢を生みます。
宮口幸治さんの著書『ケーキの切れない非行少年たち』には、以下のような指摘があります。
大雑把な計算で一人の受刑者を納税者に変えられれば、ばおよそ400万円の経済効果。刑事事件を起こした受刑者が納税者に変えることができれば、単純計算で年間2240億円分、国力がUP。被害額も合わせれば、年間の犯罪者による損害額は年間5000億円がなくなる。
宮口さんは、非行少年たちの一部も、幼少期に「護られなかった者たち」であると指摘します。。護られなかった結果、人生にわたって、貧困・犯罪から離れることができなかった者たちがたくさんいます。
改めて、貧困とは、非常に根深い、問題だと改めて実感させられます。
中山七里さんの本
中山七里さんの小説は、時代を象徴するような社会問題をテーマにした作品が多いのが特徴。社会問題にミステリーが重なった「社会派ミステリー」好きにはたまらない作家さんです。映画化映像化された作品が多いのも特徴です。
本 | タイトル | テーマ |
---|---|---|
護られなかった者たちへ | 貧困・社会福祉 | |
境界線 | 災害と貧困・犯罪 | |
総理にされた男 | 政治・内閣 | |
テミスの剣 | 司法制度・冤罪 | |
メネシスの使者 | 死刑制度・殺人犯 | |
セイレーンの懺悔 | 報道と犯罪事件 | |
特殊清掃人 | 孤独死 | |
ドクター・デスの遺産 | 安楽死 |
ミステリーとして面白いだけでなく、読んだ後に、テーマとなった社会問題について興味を持って調べてみると、知識も深まります。
また、映画など映像化されたものの場合は、原作小説と映像作品の違いを知るという楽しみもあります。ミステリー作品は映画されると、ビジュアル的にセンセーショナルな部分が印象として残りますが、原作小説で読むと、今我々の社会で起こる社会の闇がより深く理解でき、また、人の痛みをより痛切に感じることができます。
最後に
今回は、中山七里さんの小説『護られなかった者たちへ』を紹介しました。
資本主義下においては、格差は広がることはあっても、縮まることはありません。そして、今、日本全体が下流社会へ向かっています。貧困が増えれば、社会も荒みます…
是非、これからの社会を考えながら、小説を読んでみてほしいと思います。