- 「ちゃんとしなくちゃ」という思いとは裏腹に、「暴発的暴力衝動」で理性を失ってしまう自転車メッセンジャーを描く
- 芥川賞受賞作。芥川賞は、読者を考えさせる作品が多い。本作もそんな1冊
- 「ブラックボックス」とは、何を象徴しているのか?私の考察を紹介
★★★★☆
Audible聴き放題対象本
『ブラックボックス』ってどんな本?
ずっと遠くに行きたかった。今も行きたいと思っている。
自分の中の怒りの暴発を、なぜ止められないのだろう。
自衛隊を辞め、いまは自転車メッセンジャーの仕事に就いているサクマは、都内を今日もひた走る。昼間走る街並みやそこかしこにあるであろう倉庫やオフィス、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようで見えない。張りぼての向こう側に広がっているかもしれない実相に触れることはできない。
気鋭の実力派作家、新境地の傑作。
ちゃんとしなくちゃー
人は多かれ少なかれ、ダメな自分に焦燥を感じて生きています。
砂川文次さんの『ブラックボックス』は、「ちゃんとしなくちゃ」という思いとは裏腹に、「暴発的暴力衝動」で理性を失ってしまう自転車メッセンジャーを描いた作品です。
166回芥川賞 を受賞しています。芥川賞受賞作は、その選考基準から、読了後に多くを考えさせる作品が多いことに特徴があります。本作も、そんな作品の一つ。読者は、この作品を通じて、何を伝えたかったのだろうかと考えさせられます。
タイトルの「ブラックボックス」とは、何を象徴しているのか? 私はどう読んだか、本作のあらすじと感想・考察を紹介します。
- 切れやすいなどアンガーマネジメントが苦手で、失敗しやすい方
- ちゃんと生きなきゃ… と思いながら、悶々としている方
- 犯罪が絡む社会派小説が好きな方
『ブラックボックス』:あらすじ
「ちゃんと」に焦燥
自転車便のメッセンジャーの主人公サクマは、これまで仕事を転々。「ここではないどこかへ行きたい」という逃避感情と、「ちゃんとしなくちゃ」という思いのせめぎあいの中で生きている。
体力を使って走れば走るだけ実入りがある完全歩合制の仕事は、自分の性分には合っている。しかし、配達の途中、何かあればすべてが「自己責任」。たとえ、事故なしで続けられても、体力的な限界は必ずやってくるという問題もあり、今後の人生に不安を抱えざるを得ない。会社員になることも考えるも、仕事探しにも本気にもなれない。また、同棲する彼女はいても、相手に身勝手なセックスを強いるだけで、一緒にいても「孤独」。「結婚」にも踏み切れない。
会社員、結婚 等…「ちゃんとしなきゃ」という気持ちは募れど、どうにも先を切り開けず、悶々とした日々を過ごすばかりでした。
「暴発的暴力衝動」が原因で「刑務所」に
そんな悶々した日を続くストーリーが展開すると思いきや、ストーリーは別の次元へ。サクマは、これまでも人生を狂わせてきた「一瞬で着火してしまう暴発的暴力衝動」により、税務署の職員と警察官に暴力をふるい、刑務所に入れられてしまうのです。
刑務所暮らしの中で、サクマは「あること」に気が付きます。『刑務所は、「ちゃんと」ある場所だ』ということに―。
『ブラックボックス』:感想・考察
本書を読みながら、ずーっと考えていたのは、タイトル「ブラックボックス」の意味です。
これは、何のメタファーなのか? 何を意味しているのか?
私が考えたのは2つ。1つは「サクマ自身」のブラックボックス。もう一つが「世の中」というブラックボックスです。
サクマ自身のブラックボックス
サクマが刑務所に入らざるを得なくなったきっかけは、納税督促にやってきた税務署調査官です。
税金もちゃんと支払っていなかったサクマ。そこに、「ちゃんとした職業」に就く税務署調査官が2人やってきて、「ちゃんと支払え」という。しかも、説明が難しい。腹の虫が悪いところに、調査官の一人が「少し笑った」ように見えてしまったことで、サクマに怒りの火がつく。
暴力衝動が発動して、調査官が流血するほどの暴力を加える。さらに、逃げたもう一人の調査官を追いかける。そこで、運悪く警察官と遭遇し、ここでも、警察官を負傷させてしまうのです。
サクマは、理性が失われ、暴力を発動する瞬間は覚えていないという。いつも「気が付いたら」、暴力事件に発展してしまっていると。暴力発動の瞬間、自分の中から何かが出てきて、これが出てくると、もはや意思ではコントロールできないと。サクマにとっては、自分自身が何が飛び出すかわからない、サクマ自身の「ブラックボックス」です。
「なんで私ははあんなことをしたのだろう?」 誰でも、多かれ少なかれ、自分の思考回路がわからないといった経験があると思います。行動は目に見えても、思考回路はブラックボックス。モヤモヤと絡まった気持ちは、まさに、ブラックボックスです。
「世の中」というブラックボックス
ブラックボックスな思考を抱える人間で構成されている「世の中」は、なおのことブラックボックスです。そこに「良識」があるとは限りません。特に、このような世界では、ダークサイドな部分が目につきます。
人の気持ちも見えなければ、地震・津波・宇宙だって、物理現象として解明されていないことは、現象として結果を受け入れるしかない。しかし、それでも、人は生きていかなければならない。なんらか、折り合いをつけて生きていくしかないのです。
本作には、このような人・世の暗部が色濃く描かれています。
もう一つのテーマ「ちゃんとしなくちゃ」
もう一つ、本作を貫いているテーマが「ちゃんとしなくちゃ」という思いです。興味深いのが、ちゃんとしていない人たちの集団でもある「刑務所」で『「ちゃんと」がある場所』と感じるという点を取り上げているのが、面白い。
刑務所は起床時間から就寝に至るまで、全てがルール化されています。そこから外れることは許されなません。24時間、がんじがらめです。
さて、現代の世の中は、「自由がよし」とされる時代です。しかし、「本当に自由が幸せか?」と言えば、万人が幸せとは限りません。
自分で考え、自分で自己をコントロールし強い意志で行動できる人にとっては自由は素晴らしい。しかし、自分でモノを考えられなかったり、自分で自己をコントロールして行動できない人にとっては、自分で決断できず、時代・社会に流され、モヤモヤした気分の中で生きざるを得ないの現実があります。
今後、世の中はますます自由化が進んでいきます。しかし、「人類にとってそれは本当に幸せといえるのか?」「ちょっとぐらい不自由の方が生きやすいのではないか」ということを考えさせられました。
最後に
今回は、砂川文次さんの『ブラックボックス』の感想・考察を紹介しました。
本作の始まりは、とても都会的でカッコいい雰囲気から始まるのに対し、エンディングでは、全く違う世界に連れてこられてしまった。そんな感覚に陥る作品です。
「ずっと遠くに行きたかったサクマ」。そんなサクマに、読者は随分遠いところに連れていかれます。このあたりも、是非、楽しんでみてください。
小説を読みっぱなしにしない、名著を武器にする読書術
ただ読むだけではもったいない。名著を武器・パートナーにする読み方を教えてくれる本が、秋満吉彦さんの『「名著」の読み方』。この本で紹介の、読書術の一つが、「メタファー=象徴」を考えながら読む方法。メタファーが何か、自分なりの答えが持てると、思考が広がり、小説からの学びが大きくなることを気づかせてくれます。
小説が好きな方は、是非、参考にしてみてください。
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次に読む本をお探しなら、芥川賞・直木賞・本屋大賞など、本の賞受賞作品から探してみてはいかがでしょうか。以下の記事では、歴代の賞受賞作をを一覧紹介。Kindle UnlimitedやAudibleの読み放題対象本、私のおすすめ本も紹介しています。