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【書評/感想】境界線(中山七里) 津波が奪ったのは命・住処・仕事だけではない。東日本大震災の復興の闇を描く社会派ミステリー

【書評/感想】境界線(中山七里) 津波が奪ったのは命・住処・仕事だけではない。東日本大震災の復興の闇を描く社会派ミステリー
境界線」要約・感想
  • 誰にでも境界線がある。越えるか、踏みとどまるかー 東日本大震災が「人生の境界」となり、闇に堕ちた人たちの人生を描く社会派ミステリー
  • 津波にさらわれ、帰らぬ家族の「死を受け入れられるか」。悲しみで心痛める善良な人にも、悪の手は忍び寄る。行方不明者戸籍を偽る「戸籍売買」が大きなテーマ。
  • 津波が奪うのは、命・住処・仕事だけではない。津波は「やさしい心」「まっとうな倫理観」をも押し流す

★★★★★ Kindle Unlimited読み放題対象本

目次

『境界線』ってどんな本?

著:中山 七里 / Kindle Unlimited読み放題対象本

Kindle Unlimited対象本文庫化出版で再ブレーク中

誰にでも境界線がある。越えるか、踏みとどまるか

人は「毎日、人生を左右する選択が約70回」もあるといわれます。その判断の中には、「超えるか、踏みとどまるか」、人生の「境界線」を決定づけるものがあります。

中山七里さんの小説『境界線』は、2011年3月11日に発生した東日本大震災が「人生の境界」となった人たちの人生を描いた作品。家族・住処・仕事など様々なものを失った人たちが立ち直るに当たって避けられなかった復興の闇を描いています。

  • 残された者 と 消えた者
  • 売る者 と 買う者
  • 孤高 と 群棲
  • 追われるもの と 追われない者

上記は小説の「章のタイトル」です。これら言葉は まさに「境界線」。
各章で、震災によって人生に狂いが生じた登場人物たちの人生が、折り重なり描かれていきます。

本作は、小説のジャンルとしては「刑事ミステリー」に該当しますが、それ以上に、人間を描いた「ヒューマンドラマ」であり、「社会派ドラマ」でもあります。人生を翻弄された人々の思いに胸が絞めつけられ、涙が流れます。

中山七里さんの作品には、社会の問題をとらえた深い作人に、いろんなことを考えさせられます。あなたの人生にも必ず訪れる(既に訪れた)「人生の境界線」を想いながら読むと、より、深く心に染み入る1冊です。

こんな方におすすめ
  • 人生における「境界線」を見つめてみたい方
  • 3.11を機に、生き方が変わった方/生き方を変えざるを得なかった方
  • 刑事ミステリー、社会派ドラマ、ヒューマンドラマを描く小説が好きな方

境界線:あらすじ

境界線:あらすじ

2018年5月某日、気仙沼市南町の海岸で、女性の変死体が発見された。女性の遺留品の身分証から、遺体は宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎の妻だったことがわかる。

笘篠の妻は7年前の東日本大震災で津波によって流され、行方不明のままだった。
遺体の様子から、妻と思われる女性はその前夜まで生きていたという。なぜ妻は自分のもとへ戻ってこなかったのか――笘篠はさまざまな疑問を胸に身元確認のため現場へ急行するが、そこで目にしたのはまったくの別人の遺体だった。

妻の身元が騙られ、身元が誰かの手によって流出していた……やり場のない怒りを抱えながら捜査を続ける笘篠。その経緯をたどり続けるもなかなか進展がない。そのような中、宮城県警に新たな他殺体発見の一報が入る。

果たしてこのふたつの事件の関連性はあるのか? そして、笘篠の妻の身元はなぜ騙られたのか――。
――― Amazon解説より

境界線』は、映画化もされた中山さんの小説『護られなかった者たちへ』に続く、「宮城県警シリーズ」第2弾という位置づけの作品です。第1作も涙流れる壮絶なドラマでしたが、第2作も胸が絞めつけられるドラマです。

前作を知らずとも問題なく読めますが、第一弾も読んでほしいです。

命・住処・仕事、そして心…震災は多くのものを奪った

震災・津波は、多くの人の大事なものを奪いました。
人は、自然に対する人間の無力感をこれでもかというほど、思い知らされました。
家族・住処・仕事を奪われた被災者が、いったん折れた心を修復することは簡単なことではありませんでした。

本作は、震災から10年が経過するも、復興が進まず、更地が続く町が舞台。
町はかつての賑わいを取り戻せず荒んだまま。しかし、町に禍をもたらし、家族を奪った張本人の「海」は、昔と変わらず穏やかに波音を立てています。

こんな情景を見て、人は何を感じるのでしょうか… 少なくとも、震災前の穏やかな心は戻りません。

失踪宣告なきままに残る「戸籍」

今だ帰らぬ行方不明のままの家族を持つ遺族は、悲しみだけでなく、様々な問題を抱えます。その一つが「戸籍」です。

たとえ、家族が波にさらわれ戻ってこなくとも、戸籍上、家族は亡くなったことにはなりません。「家族の死」を認め、「失踪宣告」をしない限り、戸籍は残ったままです。戸籍が残っている限り、相続はできません。その他、様々な問題をかけます。

しかし、帰らぬ家族の「死を受け入れられるか」。頭では既に亡くなったと分かっていても、手続きに踏み切れるほど気持ちを整理できないのが人の心です。しかし、そんなところにも「悪の手」はやってきます。

本作では、行方不明者の戸籍を偽る「戸籍売買」が大きなテーマ。

  • 戸籍売買を手掛ける首謀者
  • 今の名前のままでは生きていくことができない人
  • 生活困窮のあまり自分の戸籍を売ってしまう人 …

そんな「社会の闇」がリアリティを持って描かれます。

境界線:感想・考察 ※ネタバレ含む

境界線:感想・考察

生きていく上で「人の痛みを知る」ことは大事です。人の痛みを知ることで、心に寄り添うことができ、 優しさと思いやりを持つことができるからです。そして、その痛みから多くを学び、1社会人としていかに生きていくか考えることができるからです。

本作に限りませんが、中山七里さんの小説は、社会が抱える問題を切り口に、そこで生きる「人の痛み」を教えてくれます。

災害で被害を受けた当事者にとって、本作には、目をそむけたくなる描写がたくさんあります。しかし、震災を忘れないためにも、震災のリアルをまざまざと感じさせる本作のような作品は必要だと感じるのです。

作品の中には、心がぐっとくる表現、描写が数多く存在します。特に最終章「5章:追われるものと追われない者」の震災情景描写は、読んでいて本当に心が痛くなります。身が固くなります。

本作でから、記憶にとどめておきたいシーンをいくつかを書き記します。ネタバレを含むので、知りたくない方は読まないでください。

津波が奪った心・倫理観

戸籍売買という犯罪に手を染めてしまった鵠沼
彼は、震災当日、人がゴミのように流されていく瞬間を目の当たりにしながら、「我が家」と「家族」、さらに、「やさしい心」と「真っ当な倫理観」も流されてしまいます。

そんな、鵠沼は逮捕後の供述で、以下のように告げます。

あの瞬間に僕の価値観が変わった。死んだ人間は所詮ごみ屑でしかない

戸籍なんてただの情報だ。使われていない情報なら、必要な人間に供給する。死んだ人間は文句を言わない。新しい名前を得た者は新しい人生を歩める。戸籍を売った僕は儲かる。皆、得をする。

戸籍の売買は確かに違法行為ですが、それによって実質的な被害をこうむった人間はいません。公的には行方不明者とされていますが、彼らは実質死者と同じです。自分の戸籍をどう使われようが文句の出るはずもありません。一方、世の中には本来の名前では就職も生活もできない人間がいて、別の名前を欲しがっている。行政にしてみれば、実質は死者である人間から税金を徴収できる。需要と供給、誰もが得をするビジネスです。従って違法ではあっても罪悪だとは思っていません。

なんとも複雑な気持ちになります。このような気持ちになる人が出ないように、社会全体で震災・貧困を減らす対策に努めること、そして、個々人が人生のリスクに備えることが大事だと、切に思います。

失踪宣告、ラストシーンに涙

犯人逮捕後、同じく震災で家族を失った笘篠刑事は、気持ちの整理ができず、そのままになっていた「失踪宣告書類」に向き合います。

「行方不明者の戸籍売買」が犯罪を引き起こし、人の命が犠牲になったことを思い、笘篠は以下のように、自己を顧みます。

この七年、失踪宣告をしなかったのは二人の生還を願ってのことと自分に言い聞かせてきたが、それは自己欺瞞 にすぎなかった。
二人の死を認めたくなかったのだ。二人の死を受け容れる自信がなかったのだ。
今回の事件は笘篠の 怯懦 が招いたと言っても過言ではない。現実を受け容れる勇気さえあったら、奈津美の名前を奪われることもなかった。

怯懦(きょうだ)とは、臆病なあまり、すぐに怖がったりためらったりすることを表す熟語です。また、困難や苦しみを乗り越える気力がなく、意志が弱いことも意味します。

人の欠点や短所を言い表す際に使用される言葉であり、基本的に、よい意味合いで使用されることはありません。

ストーリーの中で、笘篠は自己の怯懦を恥じます。このラストシーンも、涙が流れます。心が絞めつけられました。

中山七里さんの本

【読書で人生変わった】今月の読んでよかった本 3冊(Kindle Unlimited /Audible 読書歴)

中山七里さんの小説は、時代を象徴するような社会問題をテーマにした作品が多いのが特徴。社会問題にミステリーが重なった「社会派ミステリー」好きにはたまらない作家さんです。映画化映像化された作品が多いのも特徴です。

タイトルテーマ
護られなかった者たちへ貧困・社会福祉
境界線災害と貧困・犯罪
総理にされた男政治・内閣
テミスの剣司法制度・冤罪
メネシスの使者死刑制度・殺人犯
セイレーンの懺悔報道と犯罪事件
特殊清掃人孤独死
ドクター・デスの遺産安楽死

ミステリーとして面白いだけでなく、読んだ後に、テーマとなった社会問題について興味を持って調べてみると、知識も深まります。

また、映画など映像化されたものの場合は、原作小説と映像作品の違いを知るという楽しみもあります。ミステリー作品は映画されると、ビジュアル的にセンセーショナルな部分が印象として残りますが、原作小説で読むと、今我々の社会で起こる社会の闇がより深く理解でき、また、人の痛みをより痛切に感じることができます

最後に

今回は、中山七里さんの『境界線』のあらすじと感想を紹介しました。

震災が奪った命・人生・心。震災・感染症など、人間は本当に無力です。しかし、人は、価値観・人間性を変えてしまうような出来事と、全く無縁で生きていくことはできません。

だからこそ、自分をしっかりもたなければならない。小説は、登場人物を通じて、様々な人生を追体験させてくれます。そして、想定外に襲われた時の自分を考えるきっかけを与えてくれます。小説を読む大きな価値を、こんな部分に感じる次第です。

著:中山 七里 / Kindle Unlimited読み放題対象本

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