いい本との出会いを応援!

【書評/要約】少年と犬(馳星周) 岩手から熊本まで、犬はなぜ3000kmを旅したのかー。涙なしでは読めない感動作。芥川賞受賞作。2025年3月映画公開

少年と犬」あらすじ・感想
  • 痩せこけ、ケガを負っても南へ向かう一匹の犬・多聞。
    岩手から熊本まで3,000kmを旅した犬と、旅で出会った〈男〉〈泥棒〉〈夫婦〉〈娼婦〉〈老人〉〈少年〉との心の交流・深い絆を描く6編の連作感動作。
  • 南に向かう道中、多聞はまるで彼の使命であったかのように、「救いが必要な人々」と出会い、一時を共にする。弱く、愚かな人間が、無償の愛と忠誠心で応える犬に、いかに救われ、支えられ、心やさしくなれるのかが描かれる
  • 第163回直木賞受賞作品誰もが涙する感動作。2025年3月、高橋文哉と西野七瀬の主演で劇場公開

★★★★★ Audible聴き放題対象本

目次

『少年と犬』ってどんな本?

Audible読み放題対象30日間体験無料 ※いつでも解約可能

どうして、「犬」と人の交わりを描く小説は、こんなにも人の心を動かすのだろうかー

約1万5千年前も前から、人と共に暮らしてきた動物「犬」。最初は、狩猟や牧畜、番犬としての役割が主でしたが、今では、単なる「役立つ動物」ではなく、心の支えとなる「良きパートナー」。犬と触れ合うことで、荒れた心も優しく解きほぐされます。

馳星周(はせ せいしゅう)さんの『少年と犬』は、様々な背景を背負う人々と犬の触れ合いを描いた6つのエピソードからなる短編連作小説。涙なしでは読めない感動作です。

舞台は、2011年、東日本大震災から半年後の仙台。まだまだ震災の爪痕を色濃く残した街で、男が一匹の痩せた犬と出会うところから物語はスタートします。

なぜか、やせこけ、ケガをしながらも南へ向かおうとする1匹の犬・多聞(たもん)。
仙台・新潟、富山、滋賀、島根へーー
南に向かう道中、まるで多聞の使命であったかのように、「救いが必要な人々」と出会い、一時を共にします。

震災で職を失い犯罪に手を染める男
外国人窃盗団の男
妻が夫に愛想をつかし、絆が壊れかけた夫婦
罪を犯し、秘密を抱えて生きる娼婦
すい臓がんに侵され死期の近い老人・・・・

多聞に心を救われた人たちがバトンとなり、多聞が最後に行きついたは先は熊本。そこには、震災で心を閉ざしてしまった少年がいました。

岩手から熊本へ。なぜ、多聞は少年を求め、日本を横断したのかー
どんな因果があり、多聞は少年に何を与えたのかー

傷を負った人たちの実情・内面が実にリアルで生々しい。そして、不幸な環境下を生きる人たちが、犬に心を寄せ、優しさを見せる瞬間が実に感動的に描かれます。少年との出会いも、ただ、再開を喜ぶだけでは終わりません。その後、熊本を襲う事件と少年の成長に、読者は再び涙することになります。

本作は、第163回直木賞を受賞作弱く、愚かな人間が、無償の愛と忠誠心で応える犬に、いかに救われ、支えられ、心やさしくなれるのかー。人が犬から受ける癒しと絆の力を再認識させられます。犬好きはもちろん、そうでない方にもすすめたい、涙必至の1冊です。

少年と犬:あらすじ

映画『少年と犬』のプロモーションビデオ

2011年から2016年まで、5年の歳月をかけ、その犬は、東北から熊本まで、3,000kmの旅をしたー
たくさんの出逢いと別れ。その奇跡に誰もが涙する。

人生に翻弄された人々が、犬との出会いで心に変化

悪に手を染めたり、罪を背負っていたり、まもなく訪れる死の中で生きていたり、深い悲しみを背負っていたり…..小説に登場する6編の主人公たちは、皆、人生に翻弄され、幸せとは言えない状況を生きる人々です。

しかし、そんな彼らの運命が、やせ細り、傷ついた犬と偶然出会ったことで、静かに動き始めます。「自分より弱った犬」に優しさを向け、泥だらけの体を洗い、傷を癒し、食事を与えます。そして、ともに過ごすうちに、犬との関係が彼らの心にも変化をもたらしていきます。

6つの出会いはどれもが心振るわされる感動作です。どれも濃密な物語ですが、以下では、最終章「少年と犬」、本作のクライマックスである少年・光(ひかる)と多聞の物語に絞って、あらすじを。

【最終章】少年と犬 ー 再び巡り合う奇跡

光の父・内村徹は、車で轢きそうになった一匹の犬を保護し、自宅へと連れ帰ります。実は内村家はもともと岩手県釜石市の海沿いに住んでいました。しかし、2011年の東日本大震災で被災。3歳だった光は、押し寄せる「津波の光景」にパニックを起こし、そのショックから言葉を発せなくなってしまいます。5年間、光は声を失ったままでした。

光を守るため、家族は熊本へと移住。しかし、病んだ光は外に出ることもできず、家の中でひたすら動物らしき絵を描く日々を送っていました。そんな光の前に現れたのが、多聞。多聞との出会いは、光の心に小さな変化をもたらします。最初は静かに寄り添うだけだった関係が、やがて深まり、光は次第に笑顔を取り戻していきます。

そしてある日——。「たもん」

光が初めて言葉を発した瞬間、両親は涙を流します。それは、5年間閉ざされていた光の心の扉が開かれた瞬間でした。

そんな中、岩手の知人からの電話で、多聞がかつて岩手で飼われていた犬だったことが判明します。そして驚くべき事実が明らかに。

震災前、多聞は買主に連れられ、港近くの公園を散歩していました。その場所は、光も祖母とともに訪れていた公園。つまり、光と多聞は、震災前から「パートナー」として一緒に遊んでいたのです。

しかし、震災で多聞の飼い主は亡くなり、多聞も姿を消しました。そして、5年の歳月を経て、多聞は光のもとへ帰ってきたのです。まるで、光を救うために——。

そして、運命の日—— 再びの震災

2016年4月。熊本を大地震が襲います。光は再び恐怖に震えます。けれども、すぐそばには多聞がいました。多聞の存在が光を支え、パニックになることなく耐えることができました。

しかし—— 2度目の震度7の地震が光の家を襲います。崩れ落ちる家。倒壊する壁。その瞬間、光を救ったのは多聞でした。自らの命と引き換えに——。

二度目の震災。そして最愛の多聞の死。光は再び心を閉ざしてしまうのではないか。両親は、恐怖と不安に震えます。しかし、そんな彼らの前で、光は「力強い言葉」を発しました。光が両親に語った言葉は涙なしでは読めません。

光は何を語ったのか——。ぜひ、この続きを本書で確かめてください。

少年と犬:感想

【情報の熟成】なぜ、情報の熟成が必要なのか

2011年の東日本大震災と、2016年の熊本大震災を経験した少年を、1匹の犬が、まるでそれが彼の指名であったかのように救う物語は、ただただ感動です。

6編の物語は、いい意味でも悪い意味でも「まさに物語」とも言える、あまりにも出来すぎた運命の連鎖によって紡がれていきます。しかし、その展開の奇跡的な展開さえも忘れさせてしまうほどの感動と涙が、作品の中に溢れています。

この物語の中心にいるのは、一匹の犬。物語は犬を主役としながらも、描かれる視点はあくまで「人間目線」です。それがかえって「犬」という存在が人にとってどれほど大切で、心を支えてくれるものなのかを強く印象づけています。

犬や猫といったコンパニオンアニマル(伴侶動物)は、ただのペットではなく、人間にとってかけがえのない「癒しの存在」です。もしこの世界に彼らがいなかったら、人々はストレスを抱え、心の余裕を失い、周囲への優しささえ忘れてしまうかもしれません。その結果、イライラが募り、体調を崩したり、日々の生活が味気ないものになったり、さらには社会全体の不安や犯罪の増加につながると考えられます。

現代社会では、毎日のように事件や犯罪が報道されています。しかし、もしも、私たちが癒しを感じられる存在を失ったなら、その数はさらに増えてしまうと思います。

複数の章で、悪に手を染める人間、罪を背負う人間を複数登場させることで、コンパニオンアニマルがもたらす愛と癒しが、どれほど人の心を救い、世界を優しくしているのかを、この物語は改めて教えてくれます。

最後に

今回は、馳星周さんの『少年と犬』のあらすじと感想を紹介しました。

本作は、あらすじを読んで納得しても感動は味わえません。手に取って読んでほしい1冊です。私は、〈夫婦〉〈娼婦〉〈老人〉〈少年〉の4つの話で涙してしまいました。

芥川賞受賞作は、読者を選ぶ作品(好き嫌いがわかれる小説)、解釈が難しい作品も多いですが、本作は、「万人が感動する、読みやすい小説」です。また、ストーリーも長すぎません。読みやすい本で、感動が味わえます。

よかったらシェアしてね!
目次