- 主人公は、40歳の引きこもりウェブライター。収入よりも人と会わずに生計を立てる暮らしを選んだ男性が、婚活事業者のウェブサイト記事依頼されることからストーリーが展開する婚活小説。
- 前作同様、宮島未奈さんは地名や店名など固有名詞をストーリーに織り込むのがとてもうまい。 登場人物は等身大。舞台は大都市でない地方都市・浜松、庶民派大手ファミレスが登場するなど、庶民感がジモティやお店のファンを喜す
- 前作『成瀬シリーズ』のような強烈なインパクトを持つキャラクターは登場しない。タイトルから強烈なキャラを持つ登場人物を期待して読むと、物足りなさを感じるかもしれない
★★★☆☆
Audible聴き放題対象本
『婚活マエストロ』ってどんな本?
デビュー作『成瀬は天下を取りにいく』で本屋大賞2024年大賞を受賞した宮島未奈さん。続編『成瀬は信じた道をいく』も人気で一躍注目作家となりました。
1・2作は高校~大学生の青春小説でしたが、3作目に当たる『婚活マエストロ』は、大人の青春を描いた作品。
主人公は静岡浜松市に暮らす40歳の猪名川健人。世の中的にはうだつの上がらない人生を歩んできた、細々と生計を立てる中年男性。職業はウェブライター。人づてに婚活支援を行う零細企業のホームページを作成され、記事作成のために婚活パーティーに参加すると、そこでは不思議な魅力を放つ「婚活マエストロ」と呼ばれる女性が司会進行を進めていた―。
本作で描かれるのは、細々と開催される年齢層高めの婚活パーティー。マッチングアプリをはじめ、最新のテクノロジーを使ってカップル成立を支援するようなサービスも何もない、昔ながらの婚活パーティー。しかし、不思議とカップルは成立していく。一体なぜーー。
SNSで簡単につながれる時代になったとはいえ、実際にリアルの世界で新たな友達を作ることは簡単なことではありません。ましてや、結婚したいとなればなおさら… 婚活アプリもいろいろありますが、利用を躊躇したり、あるいは、実際にサービス利用を初めて見ても、お相手に会うことに躊躇する人は多いでしょう。ましてや、誰もがうらやむ職業についている人ならいざ知らず、誇れるような仕事でもなく、細々と生計を立てる中年ともなればなおさら…
しかし、本作にはそういった悲壮感はまるでありません。婚活パーティーを前向きに利用し、婚活でありがちな人を値踏みすることもなく、異性とつながり幸せになろうとする人々の姿が描かれます。テンポよく、サクサク、楽しく読める婚活小説です。
『婚活マエストロ』:あらすじ
40歳の猪名川健人は、web掲載の記事をひたすら量産することで生計を立てているウェブライター。
大学生入学時に入居した学生単身アパートに20年間も住み続け、大家・田中とも馴染みの仲です。そんな田中から、健人は、『知り合いの会社の紹介記事を書いてほしい』と依頼を受けます。
依頼先は、婚活事業を営む「ドリーム・ハピネス・プランニング」。雑居ビルに小さな事務所、時代遅れのホームページ。「こんな会社を使って誰が婚活するんだ?!」と疑問に思うような会社です。しかし、記事作成の都合、成り行きで参加した婚活パーティーには、小規模ながらそれなりの参加者が。
婚活パーティーは手作り感 満載。今どきの婚活マッチングに見られるようなテクノロジーの利用もなければ、パーティーを取り仕切るスタッフも、社長とスタッフ一名。しかし、婚活パーティーを見事な話術で進行する司会兼スタッフは場違いなほど美しい女性でした。
女性の名は、鏡原奈緒子。健人とは同い年。健人は、何度か婚活パーティーに参加して、彼女が『婚活マエストロ』と呼ばれていることを知ります。なんでも、参加者によると、彼女は抜群のカップリング能力を持つというのです。
奈緒子に1人の女性としても興味を抱いた健人は、ある時はスタッフとして、ある時は、婚活パーティーの補充参加者として、婚活パーティーに関わるようになります。
しかし、ある日、ドリーム・ハピネス・プランニングの社長が倒れて…
『婚活マエストロ』: 感想
本作で描かれるのは、長年一人アパートに引きこもって生活をしていた中年・猪名川健人の変化です。
ひきこもりが婚活へ:広がるリアルな接点
人に関わるのが面倒だからと、人に合わなくて済むウェブライターで生計を立てていた健人が、婚活パーティーを通じて、リアルの人と関わっていく姿です。
30~40代の同年代の人から、婚活と終活を同時に考えるような高齢の人たちまで。様々な世代の人たちと接することで、彼の世界が広がっていきます。そして、スタッフとしてかかわった婚活パーティーでは、参加者のおじいちゃんやおばあちゃんが幸せになること(カップルになること)を心から喜んだりします。
40歳になると、特に、男性の場合は、人に誇れる仕事や財産などがないと、新たな出会いを求めることに二の足を踏むと思います。特に、婚活は、まさに「スペックの値踏み」の場です。しかし、婚活に関わらず、人生をよりよくしたいと思うなら、年齢や職業に卑屈になるのではなく、新たな世界に一歩足を踏み出すことが大切。
小さな事であろうが動き出せば、40歳からでも人生は変わる/変われることを本作は描いています。自分を変えるきっかけは、日常生活の中に転がっているのかもしれません。人とつながることこそが、新たなきっかけをもたらしてくれます。
本作にも「琵琶湖ミシガンクルーズ」登場
読みながらくすっとしてしまったのは、婚活バスツアーの中で「琵琶湖ミシガンクルーズ」が登場が登場すること。これは、『成瀬は天下を取りにいく』や『成瀬は信じた道をいく』を読んだ方なら、微笑ましく思うポイントです。
前作にも感じたことですが、宮島未奈さんは、地名や店名など固有名詞をストーリーに織り込むのがとてもうまい。
本作では、浜松、大手ファミレスチェーン店が登場。大都市でもなければ、高級レストランでもないのが実にいい。この庶民感がジモティやお店のファンを喜ばせてくれます。
さらに、主人公たちも庶民的で等身大。婚活参加者も自分の職業・経歴をガンガンあピースるするような人は出てきません。この辺の優しさが、テンポよく軽やかに小説を読めるポイントです。
最後に
今回は、宮島未奈さんの小説『婚活マエストロ』のあらすじと感想を紹介しました。
『成瀬シリーズ』のような強烈な強烈なインパクトのある主人公を求めて読むと、本作は物足りなさを感じるかもしれません。タイトル『婚活マエストロ』だけを見ると、一見強烈な個性を持つ、カップリングの達人を連想させます。
しかし、よくよく考えてみると、『カップルの成立率』を躍起にアピールする婚活パーティーはどうでしょう?多分、その場でカップルは成立して後しても、結婚に至るカップルは少ないことでしょう。
また、スペックの値踏みで選んだ相手もどうでしょう?裕福さとは違う部分で、いろいろな嫌な思いをすることでしょう。
『婚活マエストロ』が大事にするのが、「カップルになる人たちがもつ匂い」。これをベースに、二人がつながるきっかけを演出し、幸せを支援します。そういう温かさが、本作の魅力ではないでしょうか。(リアルではそんなにあまかねーほと思う人もいるかもしれませんが)
『成瀬シリーズ』を読んでない人は、本屋大賞2024年大賞受賞作は絶対によんでおきたい。面白い!