- 母となったとき、母には自然に我が子を愛おしいと思う「母性」が芽生えたるのかー
小説『母性』は、 愛せない母と愛されたい娘の「母性」を巡る衝撃の物語 - 何か悪いことが起こりそうなストーリーに気持ちが重たくなるが、真相を知りたく、ページを読む手が止まらない
- 読者は「母性とはなんなのか」考えざるを得なくなる。そして、子を持つ親なら、子の年齢が何歳であれ、「自分は子供の気持ちに寄り添ってきたのか/寄り添えているのか」と自己を顧みざるを得なくなる
★★★★★
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『母性』ってどんな本?
『母性』と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。
私が頭に思い浮かんだ母性とは、「母親に遺伝子的に備わった子に対する無償の愛」。母性が発現するかどうかは育ち方の問題だとしても、生物の最大の使命「命を後世につなぐ」を実現するために、人には「授かった命を守ろうとする温かい愛情」が備わっているものです。
しかし、本作は、そういった温かさがまるでない、 愛せない母と愛されたい娘の「母性」を巡る衝撃の物語です。読了後は、イヤな気持ちになる…. まさに嫌な気持ちになるミステリー(イヤミス)です。人間の心の闇を徹底して描きます。
重く辛いテーマを扱った小説で、読んでいると心が辛くなりますが、以下のような疑問が次から次へと湧いてきて、真相が知りたくて、ページをめくる手が止まりません。
- 事件はなぜ起きたのか?
- なぜ、母と子で証言がこれほどに違うのか?
- なぜ、親子はこれほどすれ違ってしまったのか?
- 一体、母性とは何なのか?
読了後も、後味が悪いのですが、その後味の悪さが、いろんなことを考えさせ、読者を惹きつけます。
著者は「イヤミスの女王」湊かなえさん。嫉妬、悪意、ねじ曲がった心など、人間の心の闇を徹底して描くことに長けた作家さんです。嫌なモノは見なければいいのに、それでも、人間は人の闇を見たい生き物。だからこそ、多くのファンを魅了しています。
『母性』は2022年には映画化もされています。しかし、映画では、原作でとても重要な部分が省かれている。映画だけで終わらせるのはもったいないです。映画をご覧になった方も、小説を読んでみてほしい。
本作を読むと、母であれ父であれ、子の年齢が何歳であれ、親であるならなら「自分は子供の気持ちに寄り添えているのか」と自己を顧みざるをえなくなるはず。深い作品です。
- 子を持つ親、これから子を持つ親
- 映画を見た方
- 深く考えさせられる小説が好きな方
小説『母性』:あらすじ
冒頭からミステリアス。叙情トリック・伏線満載
原作小説は、冒頭からとてもミステリアスです。ストーリーには様々な叙情トリックと伏線が埋め込まれています。
- 冒頭で事件が発生
- 「母の神父への告白」、「娘の回想」が交互に連なることで、ストーリーが展開
- 途中まで、母・娘両名の名前すらわからない
- 先に登場した何気ない人物・場所が、後で重要な意味を持つことに
以下では、あらすじ解説に当たって、便宜上、冒頭から母娘の名前を使用し紹介します。
あらすじ
女子高生が転落死する事件が発生。母親が倒れた女子高生を発見。母親は『愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて信じれない』と言葉をつまらせる。
自殺?他殺? 事件はなぜ起きたのか?
事件のことが気になりの原因を探っていた女性教師・清佳。彼女は母親・ルミ子の愛を受けられず、人知れず悩みを抱えた少女時代を過ごした暗い過去を語り出す。一方、別の場所ではルミ子が娘との関係について、神父に告白する。ルミ子は、自身の母から受けてきた無償の愛を、そのまま清佳に注いできたと証言する。
愛せない母と、愛されたい娘。 同じ時・同じ出来事を回想しているはずなのに、ふたりの話は食い違う。そして、2つの告白で、恐るべき「秘密」が明らかに。そして、衝撃の結末にー。
母と娘がそれぞれ語るおそるべき「秘密」。2つの告白で事件は大きく転換し、やがて衝撃の結末へー。
何をすれば、母は愛してくれるのだろうかー 「母性」に狂わされたのは母か?娘か?!
小説『母性』:感想・考察
※以下、『母性』のネタバレを含みます。お注意ください。
「母性」の負の側面を徹底的に描く
本作は、徹底的に『母性』の負の側面を描いた作品です。冒頭でも述べたように、本作では、「温かな幸せな母娘の愛」は全く描かれません。
生物学・人類学的観点から見た場合、母性は、「命を後世につなぐための母親の本能」です。わが子が愛おしい/守りたいと思うからこそ、命が守られ、それが、次の世代へと引き継がれていきます。一方、子どもは自分一人では生きていけない弱み身であるが故、母を本能的に頼ります。
本作では、「母・ルミ子の視点」と「娘・清佳の視点」から、一家の歩みが描かれますが、母・娘、ともに共通するのが、「母からの愛を求め続けている」点です。
母親に対する強すぎる愛、ルミ子に感じる「不気味さ」
物語の随所で不気味さを感じるのが、ルミ子の母親に対する強すぎる愛です。
ルミ子の母は、誰の目から見ても理想的な母で、ルミ子に多くの愛情を注ぎました。しかし、ルミ子には「本来の母性」がありません。代わりにあるのが、「母から愛されたい」という自己愛であり、承認欲求。清佳を世話するのも、母に「よくやっているね」と褒められたいから。わが子が愛おしいからではありません。以下の言葉が、このことを示しています。
お母さんなどと呼ばれたくない。私にとってお母さんという言葉は愛する母、ただ一人のためにあるのだから。軽々しく用いたくありません。
そもそも、ルミ子は、自分が心から好いた相手と結婚したわけでもありません。ルミ子あg結婚相手として選んだのは、母が褒めた男性でした。ルミ子は何かが、歪んでいます。
愛情いっぱいに育てても、我が子を愛せる母になるとは限らない
世間一般では、「子供は愛情をもって育てないといけない。愛情なく育った子は、その子が親になったときも、子を愛せず虐待する可能性が高い」と言われます。確かに、これは事実でしょう。
しかし、「愛情いっぱい、理想的な母に育てられたとしても、わが子を心から愛おしいと思う『母性』を持った親になるとは限らない」ということを本書に教えられます。子は真の愛を歪んで受け取ることもあるという、真実を突きつけられます。
ルミ子のような「愛されたい子」でる母に育てられた子は、たとえ世話はしてもらえたとしても、そこには愛がないことを敏感に受け取ります。とすれば、その子も、歪んだ愛を引き継いでしまう可能性は高いと思うのです。
母娘の関係をさらに歪めた「祖母の死」
ルミ子の母=清佳の祖母の死は「突然」訪れました。災害による火災が原因で命を失ってしまいます。しかも、清佳とおばあちゃん、どちらかしか助からない状況で、祖母は「清佳の命を守ることを優先」して、「私の代わりに娘を愛せ」とルミ子に言い残して、命を失ってしまうのです。
ルミ子にとっては清佳は、母の命を奪った存在。一方で、最愛の母の願いに応えるためにものためにも生かさなければならない存在になってしまうのです。まさに、母性の呪縛...。
一方、高校生になった清佳は、父の不倫現場に遭遇し、「ルミ子に好かれようと必死な清佳」に対し、「清佳を避けるルミ子」という「二人のぎくしゃくした関係」を見ることにいたたまれず、家に足が遠のき、不倫に至ったことを知ります。
さらに、清佳は、祖母が、純粋な事故死ではなく、ルミ子に自分より清佳を大事な存在として愛させるために、自ら命を絶ったことを知ります。そして、この一件をルミ子に追求したことで、清佳はルミ子に首を絞められ、清佳は絶望し、自殺を図るのです。
幸い、自殺は未遂で終わりました。しかし、清佳が自殺未遂をするに至る事件の回想は、ルミ子と清佳で決定的に食い違っています。どちらの回想が真実なのか?その本当の真実はわかりません。
【考察】ラストは、ハッピーエンドなのか?
清佳は、ある年齢に達したときから、母には自分に対する愛がないことを知り、寂しい気持ちで育ちます。そして、それでも、母に愛されたいという気持ちから、母にとって「いい子」であろうするようになります。「愛の足りない愛されたい子」なのです。そして、次のように思うのです。
愛を求めようとするのが娘であり、自分が求めたものを我が子に捧げたいと思う気持ちが母性なのだ。
本作のラストでは、清佳が子を身籠っていることを知ります。そして、「自分が母に望んでいたことを生まれてくる子供にしてあげたい」と心に想い、ストーリーが終わります。一見、ハッピーエンドのような結末なのですが、本当に、母性の負の連鎖は本当に断ち切られるのかー。
母性に限らず「負の連鎖」を断ち切ることは難しい。私自身は、ハッピーな結末で物語を読み終えることはできませんでした。
最後に
今回は、湊かなえさんの小説『母性』のあらすじ・感想・考察を紹介しました。
母性について考えさせられました。そして、読了後、母との間にあったわだかまりを思い出し、当時の自分は随分と自分勝手な思い違いをしていたなと、今は亡き母に申し訳なく思いました。
深い小説は、人を考えさせ、そして、正してくれます。辛く重い小説ですが、読んでよかったです。
読了後、イヤミスの後味の悪さを解消したかったら、以下の小説が超おすすめ!
自堕落な生活をおくる金髪ピアス少年が、幼児を前に「母性」を開花させる。もう、ハートフルさ・愛らしさが半端ない!終始、笑顔で読めることな違いなしです。子育て中の方は、わが子を抱きしめたくなります!