- 自堕落な高校生活をおくる金髪少年・大田くんが、先輩の1歳10か月の娘・鈴香を子守する、ひと夏のドタバタ奮闘・青春小説
- 泣き叫ぶ鈴香に最初は振り回されっぱなしの大田くん。次第に二人が心を通わせながらていく姿は超ハートフル。読了まで終始「笑顔」が絶えない小説
- 毎日、目をキラキラさせて目の前のことに一生懸命な幼児。その姿に、大人も成長させられる!自己成長&幸せに生きるために大事なことを教えられる。
★★★★☆
『君が夏を走らせる』ってどんな本? あらすじ
ろくに高校に行かず、かといって夢中になれるものもなく日々をやり過ごしていた大田のもとに、ある日先輩から一本の電話が入った。聞けば一ヵ月ほど、一歳の娘鈴香の子守をしてくれないかという。断り切れず引き受けたが、泣き止まない、ごはんを食べない、小さな鈴香に振り回される金髪少年はやがて――。
きっと忘れないよ、ありがとう。二度と戻らぬ記憶に温かい涙あふれるひと夏の奮闘記。
金髪ピアスでろくに高校も行かずふらふらしている16歳の大田くんが、突然、先輩の1歳10か月の幼児・鈴香の面倒をみる羽目に。
泣きわめく、ご飯を食べない… 最初は手の終えなさに絶望&振り回されっぱなし。しかし、いつしか「何かが」が大田少年の心を揺り動かす。
子育に奮闘する大田くんと、最初は泣くばかりだった鈴香が徐々に心を通わせていく情景はとてもハートフル。鈴香ちゃんを楽しませたい・何かしてあげたいという大田くんのやさしさが実にいい。読了まで終始「笑顔」になる小説です。こんなにほほえましい気持ちになった小説ははじめてかもしれない。
単にハートフルで面白いだけでなく、二人が成長していく過程は、「人として大事なこと」を思い出させてくれます。
まさに子育て中の方なら、思わずわが子を抱きしめたくなる!
子どもを育てた経験のある方、わが子がもたらしてくれた若き日の想い出に胸熱。
さらに、子育ての経験がない青年・おひとりさまでも、「小さな子をいとおしむ気持ち」が自分の中にあることを気づかされる1冊です。
読んでよかったと思えるおすすめの1冊です。
- 青春小説で胸を躍らせたい方、笑顔になりたい方
- 子育て中の方、子育てを終えた方、歳の差がある兄弟をお持ちの方
- 夢中になれるものがない人生を送っている大人、感情表現の乏しい生活を大人
『君が夏を走らせる』 あらすじ
「いやいや。無理っス」と言いながら、夏休みのアルバイトとして娘の鈴香ちゃんの面倒=ベビーシッターを引き受けた大田くん。その鈴香ちゃんとの出会いが、大田くんを変えていきます!
「ぶんぶー」で訴える鈴香ちゃん。応えようとする大田くん
子守アルバイト、初日。 1歳10カ月の鈴香ちゃんは「ぶんぶー」とわめいて大泣き。振り回されて、神経をやられて途方に暮れる大田くん。一体、「ぶんぶー」ってなんだよと、奥さんが書き記したノートをめくると…
ニャンニャンはネコ、ワンワンはイヌ、ぴっぴはトリ。案外そのままなんだな。これなら俺もわかると思いきや、ワニはハッハとなっている。なんだよ、ワニってそんな鳴き方するのかよ。ジージンは人参で、リンゴはゴで、バナナはバ。ずいぶん省略するものだ。(略)なるほどな。で、肝心のぶんぶーはどこだ。これだけ鈴香が口にしてるのにどうして書いてないんだと思ったら、最後の行にやっと見つけた。
「ぶんぶー」はその他いろいろ。お腹すいたときや眠たいとき、何かしてほしいときや、やめてほしいときなどに言います。と書かれている。
「なんだよこれ。そんな便利な言葉があるわけねえだろ」
ぶんぶーで、すべてを表現しようなんてどんだけ乱暴なんだ。俺が困ってる横で、鈴香は変わらず「ぶんぶー」と泣いている。意味はわからないけれど、何かしてほしくて何かやめてほしいのだ。
この「ぶんぶー」は本作を通じてとても大事なキーワード。本作の至る所に「ぶんぶー」が登場するのですが、これが実に愛くるしい!
大田くんも、なんでも「ぶんぶー」で訴えかける鈴香ちゃんの気持ちに応えたくて、「今、鈴香ちゃんは何を求めているのだろう?」と考え、お世話してしまうのです。この二人のやり取りは必見。とにかく、読んでいて笑顔になれます。
体中を懸命に使ってちょこまか動く姿や、何を言ってるかわからない片言の言葉で必死に伝えて来る様子。そういうのは、子どもに興味がないやつでも、かわいいとしか思えないようにできている。全部が小さくて不安定で頼りなげで、こんな俺でもうっかり手を差し伸べたくなるのだから。
子育て経験者なら「わかる!わかる!」の連続
- ご飯を食べさせようとすると、イヤイヤして食べてくれない
- その逆に、「もっともっと!」と食べさせてろと要求する(親は食事できない)
- ご飯をこぼす、汚す
- お昼寝をしてくれない
- 何度も同じ絵本を読んでとせがまれる
- はじめてのおもちゃはうまく遊んでくれない(本来と違った遊び方で喜び、大人は途方に暮れる)
- おむつも替えなきゃ…
鈴香に振り回されっぱなしの大田くん。その苦労は、子育て経験のある方なら「わかる、わかる!」と共感必至。
見た目は金髪ピアスの少年でも、とてもやさしい大田くんは鈴香ちゃんのために涙ぐましい努力を重ねます。
忙しそうにおもちゃを運ぶ姿は、なんだか笑える。手足をちょこまか動かす鈴香は、やっぱり小さな人形みたいだ。そのくせ、何かチェックでもしてるのかおもちゃを手にしては、深刻な顔でじっと見つめている。今まで泣いてばかりでまともに顔を見る余裕もなかったけど、ゆっくり眺めると子どもっておもしろい。
大田君は鈴香ちゃんを見て、いろんなことに気づき、成長をしていくのです。
『君が夏を走らせる』 感想・考察
この小説は、ただ、幼児がかわいいという小説ではありません。無表情で、日々、成長を感じることもなく生きている大人に「大切なこと」を教えてくれます。
幼児の豊かな感性。大人も感情表現を!
生まれて二年も 経っていない鈴香の気持ちはシンプルで、それがそのまま顔や動きに出てくる。そのせいか、一週間しか一緒に過ごしていないのに、鈴香の反応は手に取るように想像できた。
厄介なことも多いけど、子どもを相手にするのはシンプルでいい。うれしいに悲しい、楽しいにつまらない。そういった感情を鈴香はすぐに顔に出す。鈴香の表情そのものが鈴香の気持ちなのだ。本当は何を考えているのだろう、俺のことをどう思ってるのだろう。そんなことを勘ぐる必要はまったくない。鈴香が俺をすんなりと受け入れているように、俺も何一つ構えることもつくろうこともなかった。
大人になると、素直に感情表現をしなくなります。「怒り」の感情はすぐに表して怒るのに、「嬉しい」「楽しい」というポジティブな表現、そして、「悲しい」という自分の弱さにつながる感情表現をしない大人は実に多い。
しかし、それで人生は楽しいのかー。楽しいは思いっきり笑い、新しい出会いに目を輝かせ、辛い・悲しい時は人にSOSする。このような生き方の方が、圧倒的に幸せなはず。感情を駆け引きに使うのではなく、「感情に素直に生きる生き方」を模索すべきです。
大人には辛いこともあります。しかし、嫌なことがあるなら、ただ我慢するのではなく、いかに相手に伝えたり、それを逃れる術を考え行動するかー。私はそんな生き方をしたいと、考えさせられました。
驚き楽しむ「感性」。それが、成長を促す
鈴香ちゃんにとっては毎日が初体験&驚きの連続。この経験が子供を成長させます。
レイチェル・カールソンさんの『センス・オブ・ワンダー』は、自然の中にある小さな驚きで、子供の感性をくすぐることがいかに大事かを優しい言葉で教えてくれる世界的ベストセラー。
子どもの成長には愛だけでなく、成長につながる日々の驚きがとても大事。大人も、子どもが目がキラキラさせて楽しむ様子で、心が癒され、「大人になって忘れていた大事なこと」を教えられます。
生まれたての鈴香を抱く先輩の顔ときたら、なんて穏やかなのだろう。とろけそうな表情には、けんかっぱやくて有名だった面影などどこにも残っていない。人は変わるとは言うけれど、顔つきまでこんなにも変わってしまうんだ。(略)
一年で高校をやめた先輩は、バイトも続かず長い間ふらふらしていたようだけど、子どもができて結婚したとたんおもしろいくらいにまじめになった。どうせすぐに辞めるだろうと思っていた今の会社は、三年近く続いている。(略)
「今までまじめにやったことがなかった分、仕事とかしんどいことも、やってみりゃ案外楽しいんだよな。大田もそうだろ?」(略)
「えって、お前、楽しいから、走ってんだろ?」
目の前のことに「全力」で取り組む鈴香ちゃん、そして、かつては相当なワルだった先輩が、結婚し、子どもができて仕事に頑張る姿。これらを見て、夢中に頑張ることがなくなってしまった今の自分を大田くんは顧みます。そして、かつて、駅伝に夢中になった日々を思い出すのです。
鈴香のうれしそうな顔が見られたら、鈴香の不安や寂しさを減らせたら。それだけで勝手に体が動いていた。鈴香に必要とされるたび、どうしようもない俺に意味がもたらされていくようだった。鈴香といれば、やりきれない間延びした毎日が、色づいていくように思えた。俺はいい人間なんかじゃない。他人のことなどどうだっていい身勝手なやつだ。けれど、おおげさじゃなく、鈴香の笑顔を見るために、俺の時間は使われていた。
幼い子が少年・大人を成長させる
子育ては大人も成長させます。大切なものを守るという行為は、ある意味「自己犠牲」。しかし、それが大人の成長を促します。自堕落な高校生活を送っていた大田くんにも、変化が芽生えます。
鈴香の成長を目の当たりにしてきた大田くんはラストシーンで次のように思います。
記憶のどこにも残っちゃいないけれど、俺にも鈴香と同じように、すべてが光り輝いて見えたときがあったのだ。もちろん、今だってすべてが光を失っているわけじゃない。こんなふうに俺に「がんばって」と声を送ってくれるやつがいるのだから。俺はまだ十六歳だ。「もう十分」なんて、言ってる場合じゃない。
毎日をダラダラ過ごしていた金髪少年が、1ヶ月のベビーシッターを通じて上記のように感じるに至った経緯は、是非、本書を読んで堪能してみてください。
作家・瀬尾まいこさんの魅力
笑いあり、涙ありな本作の著者は、『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさん。ちょとと変わった家族を描く『幸福な食卓』など、本当に、家族を描くのが上手な作家さんだと思います。
本作読了後に知ったのですが、本作は、中学校の陸上部を描いた『あと少し、もう少し』の続編とも言える作品。大田くんを含む6人の中学生が駅伝大会に臨む姿が描かれます。悪に手を染めくすぶっていた少年が、駅伝を通じて、何かに夢中になることの楽しさその先にあった夢中になれるモノが「ひと夏のベビーシッター」だったわけです。
それぞれ独立単体の本として十分面白いですが、合わせ読みするとさらに面白そうです。
最後に
今回は、瀬尾まいこさんの青春小説『君が夏を走らせる』のあらすじと感想を紹介しました。
本当にハートフル。徐々に子守バイトの終了日が近づいてきて、鈴香との別れが近づいてきて寂しくなる大田くんの心情も必見です。どんな世代の人が読んでも、楽しめ、かつ、暖かい気持ちになれる小説です。個人的には心がギスギスしている人にすすめたいです!本書で、是非、温かな気持ちを思い出してほしいです。