- テクノ・リバタリアンとは「自由を重視する功利主義者のうち、きわめて高い論理・数学的能力をもつ者たち」のこと。
- 代表的な人物は4人。彼らは、突出した知能で、桁違いの富と国家権力をも超える支配力を手中に入れ、世界に影響を及ぼす
- 本書では、彼らの能力・思想を生い立ちからさかのぼり追求。何を考え、どのような社会を実現させようと試みているかに迫る。その先にある未来像とはー。読めば、来るべき未来への備えとなる!
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『テクノ・リバタリアン』ってどんな本?
革命のような「大きな物語」の幻想がすべて潰えた現代社会では、テクノ・リバタリアニズムが「世界を変える唯一の思想」となった。
このよう述べるのが、橘玲さんの本『テクノ・リバタリアン』。
テクノ・リバタリアンとは「自由を重視する功利主義者のうち、きわめて高い論理・数学的能力をもつ者たち」のこと。その代表的な人物が、イーロン・マスク、ピータ・ティール、サム・アルトマン、ヴィタリック・ブリテンの4人であり、シリコンバレーの「1%のマイノリティ」です。
学者のデイヴィッド・サンプターは、彼らを「TEN」と名付け、TENは世の中の事象を数学的にモデル化し、パターンを見つけて、重要なシグナルとゴミを見分ける特殊能力を武器に、世界を支配するといいます。事実、彼らは、突出した知能で、桁違いの富と国家権力をも超える支配力を手中に入れ、世界に影響を与えています。
本書は、彼らの能力・思想を生い立ちからさかのぼり追求。何を考え、どのような社会を実現させようと試みているかに迫ります。
本書のテーマは大きく5つ。※本書の章構成とは異なる
- 「テクノ・リバタリアン」が持つ政治思想
- 現行の「リベラルデモクラシー(自由民主主義)」を踏み越えた「ハイテク自由至上主義」
- 「テクノ・リバタリアン」第一世代と第二世代
- 第一世代:イーロン・マスク、ピーター・ティール
- 第二世代:ヴィタリック・ブテリン、サム・アルトマン
- 彼らのギフテッドの特徴と光と影。どう、思考し、何を目指すのか
- 「テクノ・リバタリアン」の2つの立場
- 「クリプト・アナキズム」 と 「総督府功利主義」
- 世界の根本法則と人類の未来
- 「コンストラクタル法則」が連れていく未来
- 日本の衰退理由は「思想」
- 「自由」を恐れ、「合理性」を憎む日本人
GAFAに見られるプラットフォーマー、AI、ブロックチェーンの開発者などは、全てテクノ・リバタリアンです。本書を読むと、なぜテクノ・リバタリアニズムが大きな影響力をもつようになったかーがよく理解できます。
読みこなすには一定の知識が必要です。しかし、世界を席巻するNo.1フラットフォーム、生成AI・ブロックチェーン、遺伝子、不死研究など、テクノ・リバタリアンが、今後の我々の仕事・生活・資産に与える影響を考えれば、無関心ではいられない内容です。
テクノ・リバタリアンの特徴
国家に匹敵する莫大な富とテクノロジーを独占する「1%の天才」たち。彼らが目指すのは、「究極の自由」が約束された社会 ― 既存の国家も民主主義も超越した、数学的に正しい統治の世界 ―の実現です。
彼らが、「ハイテク自由至上主義の世界」の実現を目指すのは、彼らの稀有なギフテッド(能力)と性格が大きく関わっている、と橘さんは指摘します。
テクノ・リバタリアンはどう生まれるのか
IT企業の成功者には、数学・論理に圧倒的に脳を持つテクノ・リバタリアンが多い。彼らは以下のような特徴を持っています。
- 彼らはきわめて高い数学的・論理的能力に恵まれるが、
- 脳の機能は有限なので、トレードオフで、共感力が極めて乏しい。「人の痛み」がわからない。
- 結果、幼少期時代は一人ぼっち。
変わり者なのでいじめられた経験があり、「社会集団」に属することが苦手 - 現代社会とのアイデンティティ融合ができない結果、
- 自由原理主義(リバタリアニズム)を、テクノロジーで実現しようと思想するテクノ・リバタリアンに
彼らには共感力が相対的に低いので、仲間・組織・国家など共同体への帰属意識が薄い。ゆえに、国家を含めた「共同体」の力で世の中を良い方向に導くより、より自由に、テクノロジーの力を駆使して、世界をよくしたいと考えるようになるわけです。ふむ🤔
テクノ・リバタリアン、ネクストジェネレーション「第二世代」
イーロン・マスクやピーター・ティールはテクノ・リバタリアンの「第一世代」。一方、ブテリンやアルトマンらの「第二世代」。彼らはいじめのようなネガティブな個人史がほとんどなく、そのため、「世界に対する敵意」はありません。
しかし、「第二世代」には、世界の終末に備える「プレッパー(prepper:準備する者)」である点で共通しています。パンデミック、超絶AIの暴走、核兵器暴走など、世界の終末に対する備えがベースにあります。
テクノ・リバタリアンの思想
さて、ここで、テクノ・リバタリアンの政治思想を深堀します。ここ、大事です。
現代社会で大事とされるとされるのが、❶「自由」と、❷物事をみんなで決めようと考える「民主制」。2つが合体して「リベラルデモクラシー」となりますが、テクノ・リバタリアンは、共感力が乏しい分、❸「功利主義」寄りです。
功利主義では、「社会の幸福の総量を増大させる行為が、道徳的に正しい行為である」と考えます。幸福の総量の最大化のためには犠牲も厭いません。例えば、資金繰りが悪化したら、リストラも「是」と考えます。みんなが少しずつ給料減を受け入れて、痛み分けするというような考えはしません。なるほどぉ🤔
政治思想については、孔子、仏陀、プラトン、カント、マルクス、さらに、20世紀後半のポストモダンなどいろいろありますが、テクノ・リバタリアンが大きく違うのは、指数関数的に高度化する科学・テクノロジーがベースにあるという点です。つまり、急速に世の中に世界を変える可能性があります。この観点から、テクノ・リバタリアンが他の思想を凌駕すると橘さんは指摘します。
4つの政治思想とテクノ・リバタリアンのマッピング
、「現代の政治思想」を橘さんがわかりやすく図式化したのが上図「政治思想の道徳基盤」です。上記図には、政治思想と共に、米国の道徳心理学者・ジョナサン・ハイトの、人の本能から発生する、6つの道徳基盤もマッピング(灰色の楕円)されています。
6つ「善」の道徳基盤:安全、公正、忠誠、権威、神聖、自由
これらをもとに、それぞれの政治思想の特徴をまとめたのが、以下の表です。
自由原理主義 (リバタリアニズム) | ・ひとは自由に生きるのが素晴らしい ・道徳的、政治的価値の中で自由を最も重要視 |
---|---|
平等主義 (リベラリズム) | ・ひとは自由に生きるのが素晴らしい。しかし平等も大事だ ・自由も平等も、共に大事 ・自由競争で起こる富の偏在化には、税徴収で富の再分配も必要 ・社会福祉も大事 |
共同体主義 | ・自由に生きるのが素晴らしい。しかし伝統も大事だ ・文化的な共同体(国家、地域、家族など)の中で培われる価値観も重視 ・共同体を守るためには、個人の自由が犠牲になることもある ・右派・保守 |
功利主義 | ・人は自由に生きるのが素晴らしい。目指すは社会の幸福の総量の増大 ・市場原理と相性がいい ・この中で、テクノロジーで世界を最適化しようとするのがテクノ・リバタリアン |
テクノ・リバタリウムは、功利主義の中にある思想です。
リバタリアニズムと功利主義は国家の過度な規制を反対。自由で効率的な市場が公正でゆたかな社会をつくると考えます。両者の政治的立場はきわめて近いので、日本では包括して「新自由主義(ネオリベ)」と呼ばれています。
ちなみに、アメリカの二大政党は、共和党と民主党ですが、これらの政治対立は、いわば、「自由」をどのように修正するのかを決めるアイデンティティ闘争です。
政治思想が対立するわけ
「自由」「平等」「共同体」の3つ政治思想は、チンパンジーの社会でも見られる「普遍的な正義」です。これら3つは、生物の生存欲求に基づいて必然的に生まれてきたもであり、「どれが最も大事だと」と争っても、そこに答えはありません。
政治思想の対立が起こるのは、「すべての理想を同時に実現することはできない」からです。誰もが、「自由で平等で共同体の絆のある功利的な理想の社会」で生きたい。しかし、これは原理的に実現不可能です。(理由が理解できない人は、本書を!)
テクノ・リバタリアンの2つの政治思想
橘さんは、功利主義なテクノ・リバタリアンにも、以下の2つの立場があると説明します。
クリプト・アナキズム | 暗号(クリプト)によって国家の規制のない社会をつくろうとする 胴元のいない民主的世界。無政府主義、DAO テクノロジーが指数関数的に「加速」することで、いずれ国家や企業のような中央集権的な組織はなくなり、一人ひとりが「自己主権」をもつことになると構想 |
---|---|
総督府功利主義 | アナキズムほどラディカルででない思想 社会をテクノロジーで「リ・デザイン」することで、多くの人間を幸福と自由に導くことを目指す 民主制が幸福最大化の障害になると考えれば、テクノロジーによる統治が選ばれる可能性も残す |
ただし、これらにも2つの政治思想にも当然問題はあります。
クリプト・アナキストの世界では、「自己責任」「テクノロジーの理解」が求められるということです。つまり、今の社会以上に「能力主義」となるということです。
同様に、総督府功利主義は、テクノロジーの力で社会を最適化しようとします。ここでも、左派的な「公正」よりも「自由」を重視し、政府の介入がない世界を目指すため、国家による企業の救済なども否定されます。
サイバースペース(インターネット)の世界がそうだったように、「自己責任・自己努力で自由を上手く活用できる人」には有利でも、その他の人には不利に働きます。
知識社会とは、「賢い者がそうでないものを搾取する」社会。とすれば、テクノ・リバタリアンが扇動する世界が、ユートピアかディストピアとなるかー
この方向性が避けられないなら、格差の負け組とならないように、自己責任でユートピアの住人になれるように努めるしかありません。
テクノ・リバタリアンが目指す世界
現在、SFのようなテクノロジーが急速に進化しています。本書では、テクノ・リバタリアンの代表者である4名が、どのような思想の元、テクノロジーで世界を変えようとしているかが詳細に解説されています。また、一方で、実に悩ましい多くの課題があることも解説されます。
以下のようなトピックに興味のある方も、読んでみると面白いと思います。
- 自由に生きるための監視社会
- 不死(意識を持つAIとの融合による、永遠の命)
- ユニヴァーサル・ベーシック・インカム
- 私有財産に定率の税を課す「共同所有自己申告税COST」というアイデア(モノへの執着が課税につながる社会)
世界の根本法則と人類の未来
世界の根本法則「コンストラクタル」
現代の社会人は、過去とは別の時代を生きています。上図は、世紀後の世界各地の一人当たりの所得推移です。テクノロジーの進化の結果、所得が指数関数的に変化する時代を生きています。一方で、グローバル化で、新興国が豊かさをキャッチアップすると同時に先進国の中流層(労働者階級) が脱落し、中間層が危機にあります。
ここで、橘さんは、すべての流れるものはより良く流れるかたちに進化するという物理法則「コンストラクタル法則」お取り上げ、この法則は、生物や・世界にも当てはまると指摘します。つまり、生物も世界も存在するものすべてが、「流れ」と「自由」があるかぎりにおいて、「より速く、よりなめらかに動く」という目的に向けて進化するというのです。
人類の未来
経済はモノ・サービスとお金の流れ、インターネットは情報の流れです。とすれば、より「自由」を求めれば、より速く、なめらかに流れるなデザインへと進化し、それに伴い、グローバル経済や情報空間も進化するということです。そして、その結果として、必然的に「べき分布の階層」、簡単に言えば、「格差」が進みます。
「自由が拡大すれば必然的に階層化が進む」のが普遍の法則ならば、社会がよりゆたかに、より自由になるほど、階層性(不平等) は拡大していくだろう。
なんとも不都合で冷酷な「進化の法則」です。中間層も没落するとなれば、個人も組織も、中途半端な立ち位置にいると市場から淘汰されます。そうならないためには…やっぱり、 努力が必要ということになります🤔
日本はなぜ落ちぶれたのか
本書のあとがきで、橘さんは日本の衰退理由についてもふれます。
テクノ・リバタリウム見られるように、今後、世界はますます「自由」と「合理性」を追求していきます。これに対して、日本はどうか?残念ながら、「自由」を恐れ、「合理性」を憎むのが日本人だ、と橘さんは指摘します。
日本社会にはびこる理不尽や閉塞感。日本人が「空気を読む」のは「自由」を恐れている証拠です。また、組織の中では、給与・発言権など、まだまだ「年功序列」という「合理性」に欠くルールがまかり通っています。
橘さんは、日本の会社で合理化・効率化が嫌われるのは、これまで安住してきたウェットで差別的な人間関係(日本ではこれが〝理想の共同体〟) が破壊されてしまうからだと指摘します。
歴史的に個人よりも世間が重視されてきた日本では、「自己責任によって自由に生きる個人」を基礎とした欧米型のリベラリズムは浸透していません。政治思想においても、右派も左派もその多くは「共同体主義者」です。
「自由」を恐れ、「合理性」を憎んでいては、益々遅れをとる。 このことを深く受け止める必要があります。
最後に
今回は、橘玲さんの『テクノ・リバタリアン』からの学びを私なりにまとめました。といっても、上記で紹介した内容は本書の極々一部に過ぎません。
本書のタイトルが謡う「テクノ・リバタリアンは、世界を変える唯一の思想」について、「唯一」という点には引っかかるものがありますが、「世界の様相を変える大きな力がある」ことは事実です。対抗馬も見つかりません。
とするなら、「豊かでありたい」と考えるなら、そんな社会の変化に置いて行かれないように、テクノ・リバタリアンの思想、思考、彼らが目指す社会は知っておくべきかと。
すべてを理解するには知識を必要としますが、読んでおくべき1冊だと思います。私はこの本をトリガーに、知らなかったことを深める読書をしていきたいと思います。