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【書評/感想】まぐさ桶の犬(若竹七海) | 葉村晶シリーズ最新作が描くのは、老いて深まる “意地の悪さや嫉妬心”《このミステリーがすごい 2026年 5位》

【書評/感想】まぐさ桶の犬(若竹七海) | 葉村晶シリーズ最新作が描くのは、老いて深まる “意地の悪さや嫉妬心”《このミステリーがすごい 2026年 5位》
まぐさ桶の犬」要約・感想
  • 50代になった女探偵・葉村晶の現在を描くシリーズ最新作
    晶は、加齢に悩みながらも探偵業を続ける50代の私立探偵。コロナ禍で仕事も減る中、学園関係者の失踪人捜しに巻き込まれ、相変わらず不運と危険にさらされていく。
  • 事件の核にあるのは「嫉妬」と「意地悪心」
    「まぐさ桶の犬」とは──自分は使わないのに他人が得するのは許せない人間の心理。学園、家族、土地、介護をめぐる思惑の中で、老いと喪失が人の心を歪めていく様が描かれる。
  • 派手な謎解きより、人生の後半のリアルを描く
    華やかさはないが、年齢を重ねた登場人物の老いや欲、嫉妬の姿がリアル。50代に歳をとった葉村晶だからこそ活きるミステリー。

★★★★☆ Audible聴き放題対象本

目次

『まぐさ桶の犬』ってどんな本?

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「タフで不運な女探偵・葉村晶が帰ってきた」
と聞いて、あなたはどんな探偵を思い浮かべるでしょうか。ハードボイルドなゴリゴリ探偵?

若竹七海まぐさ桶の犬』は、日本ミステリー界で根強い人気を誇る葉村晶シリーズ〉の最新作
過去作は『このミステリーがすごい!』常連で、本作も「このミステリーがすごい!2026」第5位にランクインした注目作です。

葉村晶の代名詞は、不運・災難・理不尽。

ちょっとクールで、冷静で、皮肉屋で、タフ。
なのに事件に関わるたび、必ずといっていいほどひどい目に遭う――
ハードボイルド探偵の“かっこよさ”とは正反対の、あまりに庶民的で、あまりにリアルな探偵です。

本作ではその晶がついに50代へ。
老眼、更年期、体力の衰え。
周囲には、頭の固くなった老人や、ちょっとした新しいこと・未知なことが大の苦手な高齢者たち。
そんな人々に振り回されながら、今日も晶はトラブルと不運の渦に放り込まれていきます。

派手なトリックはありません。
描かれるのは、年齢を重ねる中で深まっていく人間関係の歪みと、積み重なっていった不満やしこり。
それらを、人生の酸いも甘いも知る50代の探偵ならではの経験と観察眼で丁寧に掘り起こしていくミステリーです。

『まぐさ桶の犬』あらすじ

葉村晶は、吉祥寺のミステリ専門書店〈MURDER BEAR BOOKSHOP〉でアルバイトをしながら、
その2階にある〈探偵社〉で、たった一人の調査員として探偵業を続けている。
コロナ禍で仕事は激減。体調も思わしくない50代。

そんな彼女のもとに舞い込んだのが、
魁星学園の元理事長でミステリ評論家としても名高い乾巌(カンゲン先生)からの〈極秘〉の人捜し依頼。

探してほしいのは、元養護教諭の稲本和子という女性。
彼女の一人娘は学園理事だったが、万引きで留置中に急死するという不可解な最期を遂げていた。

調査を進めるうちに浮かび上がる、学園内部の権力争い、乾家の歪んだ家族関係、
そして高級別荘地を舞台にしたと土地と金をめぐる怪しい思惑。

会えそうで会えない失踪人。
その先に待っていたのは、あまりにも苦く、救いのない結末だった――。

『まぐさ桶の犬』感想

読了後に残るのは、やっぱり主人公【葉村晶】の魅力。
更年期に悩まされ、しかも、相変わらず不運は容赦なく、崖から転落しかけたり、命を狙われたりと散々な目に遭う。
それでも彼女は仕事を投げ出さない。人脈と観察力を武器に、少しずつ真実へと近づいていきます。

名脇役「けどおばさん」

思わず笑ってしまったのが、通称「けどおばさん」。
どんな話題でも、最後に必ず「……けど」で締める人物です。

意味は通っているし、おばさん自身に全く悪気もないのだけれど、どこかモヤッとする。
不満があるようで、ないようで、あるような――この絶妙な会話の間が、実にリアルで可笑しい。
作家・若竹七海の人物造形の巧さが光る登場人物です。

「まぐさ桶の犬」とは何か

タイトルの「まぐさ桶の犬」とは、
自分には必要ないのに、他人がそれを手に入れるのは許せない人 を指す言葉です。
意地の悪さや嫉妬心――誰の心にも少しは潜んでいる感情の、もっとも醜いかたちとも言えるでしょう。

物語の中では、まさにこの言葉通りの人間たち・出来事が次々と現れ、ラストでタイトルの意味が回収されます。

年を取ったからといって、人は必ず意地悪になるわけではありません。
しかし現実には、長く生きるほど、他人の成功や変化にさらされる機会は増え、
「昔は自分も……」「あの人ばかりうまくいっている」といった思いが、心の奥で静かに溜まっていくこともあります。

さらに、年齢を重ねるにつれ、体力、収入、立場、人間関係など、手放さざるを得ないものが増えていきます。
その喪失感が強いほど、他人の幸せは鋭く刺さり、やっかみ・維持の悪さへと変わることもあります。

加えて、前頭葉が衰え、感情を抑える力が弱くなり、若い頃なら飲み込めた不満や苛立ちが、そのまま表に出てしまいがちです。

『まぐさ桶の犬』が描いているのは、そんな年齢を経たからこそ露わになる、人間の感情と関係の歪みです。

クセの強い高齢者たち、男女のもつれ、複雑な血縁――
人物関係はときに入り組み、「誰が誰だっけ?」と混乱するかもしれません。
けれど、そのごちゃごちゃとした混沌こそが、人間社会のリアルであり、この物語のどこか生々しい質感を形作っているのかもしれません。

まとめ

まぐさ桶の犬』は、派手な謎解きで読者を驚かせる物語ではありません。
描かれるのは、人生の後半の欲、嫉妬、意地の悪さ、そして老い―
日常ミステリーと犯罪ミステリーの境界に立ちながら、人が歳を重ねていくという現実そのものを静かにえぐる作品です。

50代になった葉村晶が主人公だからこそ、ここまで切実に響くのでしょう。
次は還暦探偵・葉村晶?次作にも期待です。

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