- ハリス氏の支持が失速したのに対し、なぜ、トランプ氏の支持は長く継続し、トランプ氏に圧勝をもたらしたのかー。「トランプ現象」の本質に迫る
- 第一期トランプ政権の振り返りから、第二期トランプ政権のシナリオまで。トランプ2.0の政権下で、何が起こるのかー。内政重視、外交・軍事軽視で世界のパワーバランスが変わる
- トランプ氏と良い関係を続いた安倍元首相なき日本の生存戦略はー
★★★★☆
Audible聴き放題対象本
『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』ってどんな本?
2024年の米大統領選挙、トランプ氏 圧勝
開票開始前は接戦と報じられていましたが、ふたを開けてみると開票からわずか23時間で決着してしまうほどのトランプ氏の圧勝となりました。トランプ氏が支持されたというより、現職副大統領であるハリス氏が「敗北」したとも言えますが、「圧勝」となれば、何らかの理由があるはずです。
なぜ、トランプはここまでの圧倒的な支持を得たのか?
「トランプ2.0」が現実になった世界で、何が起こるのか?
そこで、読んでみたのが『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』。あとがきに、ハリス氏が候補になったことに関するがある、発刊からあまり時間を経ていない本です。著者は、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦さん。大統領選を約50年間見てきた元外交官でもあります。
本書では、トランプ氏の圧倒的な支持の背景には、1990年代以降の米国社会の構造的変化があるとしたうえで、「トランプ現象」の本質が語られます。
日本のメディアでは、「トランプ=危険人物」と扱われがち。しかし、それでは、「トランプ現象」の背景・本質は見えてきません。そこを見誤れば、米国で進む大きな潮流は見えず、米国の行く先も見誤ります。
本書では以下の内容が解説されます。今後の米国、そして、その先にある世界を見通す情報が得られます。
- 第一期トランプ政権の振り返り
- 第二期トランプ政権のシナリオ
- ロシア・ウクライナ戦はどうなる?
- 第二期トランプ政権で益々混乱する中東
- 米中貿易戦争パート2
- インド太平洋 ー朝鮮半島危機と対台湾有事
- 安倍元首相なき日本の生存戦略
現在の「トランプ現象」の本質
話は本書から少し外れます。NHKスペシャル「混迷の世紀」シリーズの最終回のタイトルは『“超大国・分断” アメリカはどこへ』。
国民の不満の受け皿となってきた共和党のトランプ氏。その前に立ちはだかったのは、民主党ハリス氏でしたが、当初は「国民を団結させる」と宣言し人気も集めるも、選挙戦が本格化する中で失速。番組では、 大統領選挙を前に、誰が大統領になっても分断は乗り越えられず、むしろ対立は深まるのではないかと危機感を抱く米国人の姿が報じられました。
では、ハリス氏の人気が失速したのに対し、なぜ、「トランプ現象」は継続し、選挙圧勝するほどの強さを持ち得たのか?
著者は、この原因に1990年代以降の米国社会の構造的変化がもたらした「結果」にあると指摘します。
「トランプ現象」は欧米社会共通の問題
著者は、最近の米国社会の構造的変化を以下のように分析します。
- 第二次世界大戦後に優勢だった米国の民主党と共和党の支持基盤は徐々に風化し始めた
- この傾向は冷戦後のグローバル化や社会のハイテク化が加速。これらが、より不平等で、分極化した、気難しい社会をつくり出した
- 米国人にとって民主党中道系と共和党中道系の区別がつかなくなり、議会や政党がより軽んじられるようになった
- 中道系は移民問題に対処できず、労働者階級の多くは反移民右派勢力に流れた
- 結果、知識経済の住人と工業地帯や田舎に住む「忘れ去られた」人びとが対立した
キーになるのは90年代以降の「ハイテク情報通信革命」であり、これらは、米国社会を不可逆的に変化させてしまいました。その直撃を受けたのが、先端技術革命のスピードに追い付けない、田舎や非都市圏に住む白人・男性・低学歴・ブルーカラー労働者・農民です。
「トランプ現象」の本質は「少数派経済弱者に転落する白人男性・低学歴労働者・農民層の逆襲です。
これら、「忘れ去られた」人びとの不満や怒りはなにも、米国に限った話ではありません。欧米社会共通の問題です。アメリカではトランプが彼らの受け皿となったように、イタリアではジョルジャ・メローニ、オランダではヘルト・ウィルダース、フランスではマリーヌ・ルペンといった政治家たちの活動の土台となっています。
トランプ氏が失脚しても、「トランプ現象」は続く
「トランプ現象」はトランプ氏個人がつくった政治現象ではありません。社会変化の中で起こっています。故、今後、仮にトランプ氏が失脚したとしても、「トランプ現象」は続くとみるべきです。
大統領選挙2024の「勝者が誰か」よりも、「トランプ現象」の背後に見え隠れする米国社会の大きな潮流を見据え、米国がいかなる方向へ進むか、そして世界や日本にどのような影響を及ぼすが大事。
トランプ氏大統領に返り咲き、金融市場はどう反応したか
本書の内容からは外れますが、トランプ氏大統領に返り咲きを最も早く評価するのが金融市場です。トランプ氏当確確実となったとき、市場はどう動いたか、以下の記事でまとめています。
第二期トランプ政権(トランプ2.0)の政策「10の柱」
本書には、トランプ大統領候補の公約集で掲げた、「第二期トランプ政権(トランプ2.0) の 10の柱」と、それに対する著者の考えがまとめられています。
以下は10の柱を簡単にまとめたものです。第一に掲げられるのは「米国ファースト」。その他の内容も、第一期トランプ政権(トランプ1.0)と変わりません。
- 世界で最も偉大な経済をアメリカ全国民のために機能させる
- 患者と医師を医療の担い手に戻す
- 自由・平等・自治に対するアメリカの歴史的コミットメントを回復する
- 親がの教育をより管理できる
- 国境を確保し人身売買をなくし麻薬カルテルを撲滅する
- 力との指導力を通じて平和を実現する
- アメリカのエネルギーを自立させる
- 不正を困難にする
- 国民が平和に暮らせるよう安全で安心な地域社会を実現する
- 闇の政府という「沼の水」を抜くことにより政府の腐敗と戦う
著者は、この「トランプ2.0 10の柱」に対し、「とは言うけれど… 〇〇だよね」「その本質は…」と、公約の真意にあるであろうことを、解説しています。最も詳しく解説されているのは❻。詳細は本書にてご確認ください。
「第二期トランプ政権」で何が起こるか? “悪いこと” と “良いこと”
では、今後、トランプ2.0の政権下で、何が起こるのかー
❶上述したトランプ現象の本質 と ❷トランプ氏気質(「一発屋興行師」であり、「劣等意識」が強い)から鑑みると、見えてくるのは、「トランプ氏の復讐」です。
「トランプ再選」で起きる【悪いこと】
- 外交・対外関係に関する比重は低下
- 上述した「トランプ現象」の本質を鑑みれば、第二期トランプ政権の優先順位は内政⇒結果、外交比重は低下
- 内政と自己の名誉回復に最大の政治的精力を傾注することで、第二期トランプ外交は「戦略性」を見失う恐れも
- 反対派の大量粛清
- 第二期トランプ政権の最大関心事は「闇の政府(ディープ・ステート)」への報復
- 過去8年間自分を批判してきた政治家・官僚の粛清。共和党良識派が大量粛清される可能性も
- NATO(北大西洋条約機構)同盟は弱体化か
- トランプ氏の対露宥和政策でNATO同盟は弱体化
- 欧州「第二冷戦」は西側の敗北となるかもしれない
- 混乱が続く中東地域
- 米外交の中東に対する関心と軍事的関与は一層低下
- トランプ政権のイスラエル支持は変わらない
- トランプ中東外交の迷走で、米国との関係悪化を免れたイスラエル・ネタニヤフが政治的に復権する可能性
- イランに対する制裁や圧力は一層強化になる可能性あり
- その結果、イランは核武装を決意する可能性が排除できなくなる
- そうなれば、地域は一層不安定化する
- 対中抑止が弱体化するインド太平洋
- 同盟国を重視しないトランプ政権のもと、貿易戦争が再発する恐れ
- 経済面、軍事面で米中間の緊張状態は続く
- QUAD(日米豪印戦略対話)や同盟国との連携は停滞
「トランプ再選」で起きる【良いこと】
- トランプ政策への慣れ
- 【トランプ氏自身】生来の性格は変わらないが、第一期トランプ政権ほど予測不能な統治は減る
- 【国民・スタッフ】トランプ式意思決定に慣れ。トランプ氏の性格とうまく付き合える可能性
- 【同盟国】も同様。トランプ氏との付き合い方の研究も進んだに違いない
- 翻弄される中露イラン北朝鮮等
- トランプ氏の予測不能性が最も発揮されるとすれば、中露など潜在的敵対国に対してか
- これらの国々が国際政治上問題のある行動を新たに取った場合、トランプ氏の反応は、本人も含めて誰も予測できない可能性がある
上記の通り、復讐の矛先は、日本ではありません。しかし、第一期政権期、首相をしていたのは、トランプ氏と良好な関係を築いていた安倍晋三氏でした。外交の築き直しが必要となります。
変わる世界のパワーバランス。ますます複雑に
著者が、本書で最もページを割いて解説されているのは、「きな臭さ漂うエリアとの外交&軍事」です。
現在の社会では、かつて保たれていた ①欧州・アフリカ、②中東・中央アジア、③インド・太平洋の抑止力・相互独立性が希薄化。どこかで戦域で均衡状態が変われば、それは直ちに他の戦域での抑止にマイナスの影響を及ぼします。
②中東・中央アジアでは、中国、ロシア、イランの三国はが連動。③インド太平洋では、中国と北朝鮮が連動する可能性があり、そこに台湾有事が絡みます。
これまでバイデン政権では、❶NATOは中国と北朝鮮の抑制、及び、欧州でのロシア抑制に必須、❷イランの抑制に中東の安定化が必須(現在、中東地域は米国・イラン間の代理戦争の様相を呈す)という考えの元、外交交渉が行われてきました。
しかし、トランプ氏は、安全保障問題に関して、米国の国益よりも、同盟国の国益よりも、同盟メカニズムの利益よりも、トランプ氏個人の利害を優先する傾向があります。トランプ2.0 でバイデン政権下で行われていたような努力を継続する実行者・知恵者がいるのかは疑問です。
米国の外交・軍事の優先度が落ちれば、多方面で「力の空白」が生まれ、その空白を埋めにくる勢力が現れます。これは日本の安全保障上の大きな脅威となります。世界のパワーバランスが変化する可能性が高いので、注視が必要です。
日米の今後の外交で大切なこと
トランプ氏の当確のニュースが流れると、ネットではトランプ氏と良好な関係を築いていた安倍晋三氏を失った損失に関する投稿が数多く見られました。
確かに、トランプ氏と安倍晋三氏は良好な関係にありました。それは、安倍晋三氏の「天性の人たらし力」と、米国ファーストの大統領を黙らせるための「2015年の安全保障法制と憲法解釈変更」という安倍元首相の努力がありました。しかし、トランプ氏との良好な関係は安倍氏の努力によるものだけではないー。本書にはその理由が1章を割いて解説されています。
そこから解説からわかるのは、当たり前のことではありますが、「首相と大統領だけで日米外交を仕切ることは不可能だということ。外交がスムーズに進むためには、首脳同士の相性だけでなく、事務方レベルの能力と相互信頼が最も重要だということです。
日本の新政権は不安定かつ弱体です。また、第2期トランプ政権と石破政権との組み合わせは、相性がいいとは言えません。米国と中国の関係も、日本に大きな影響を及ぼします。
トランプ氏次期大統領決定後のニュースで、既に、石破茂首相が月内に訪米し、大統領選で勝利したトランプ氏との会談を模索していると報じられています。石破首相は「非常にフレンドリーな感じがした。本音で話しができる人という印象を持った」と語っていますが、トップの関係が密になるだけでは、良好な関係は築けません。
今後、在日米軍の駐留経費の負担増や防衛費の増額をトランプ氏から求められる可能性がありますが、事務方含め、密&良好な関係が築けるか、見守りたいと思います。
トランプ2.0 実現性の高い政策
トランプ再選で、上院・下院も共和党となりました。ここからは、本の内容を離れます。金融機関発表のレポートの内容を抜粋して掲載しておきます。
政策 | 通商 | ・中国からの輸入に60%の関税を賦課 ・10%の関税賦課は、直ちに税率が引き上げられる蓋然性は低く、また国内景気への配慮から全面的には導入されない →インフレ率高止まりのリスク要因に | ■関税引き上げは各国との交渉を踏まえ実施
---|---|---|
移民 | ■移民の増加を制限、不法移民の強制送還を実施 但し、足元の不法移民の流入減や、強制送還の実現性の低さを踏まえると、労働供給に与える影響は限定的 | |
産業・ エネルギー | ■パリ協定等の、国際的な気候変動対応の枠組み ■から離脱 ■EV普及目標の撤回 ■IRAの部分的な見直し(国内製造業への恩恵を ■踏まえ、全面的には撤回せず) ■化石燃料の増産を推進 | |
税制・財政 | ■関税収入増加に伴う歳入改善効果は限定的 →財政赤字はCBOの見通しから大幅に拡大 | ■所得税減税の全面的な延長、法人税減税等が実現|
景気見通し | 景気 | ■短期的には、金利上昇が投資の手控えに繋がるほか、関税引き上げ前に輸入が増加。一方、規制緩和期待などによる株高が消費拡大を下支えし、景気は底堅さを維持 ■関税導入等によりインフレ率が高止まりし、消費を中心に景気が下押しされるリスクも |
金融政策 | ■労働市場の一段の減速を避けるため、当面はFRBによる利下げが継続 ■インフレが高止まりする場合、FRBの利下げのゴール(2024年9月公表のFOMC参加者の経済見通しでは2.9%)は3%超で据え置かれる可能性も | |
金融市場 | ■財政赤字拡大により、長期金利への上昇圧力が強まる ■ドル円相場には米金利の要因で円安圧力が残存 |
参照:三菱UFJ銀行 経済情報レポート(2024年11月6日)
上記の中で、実現可能性が高いのが以下です。
関税:輸入品への追加関税の引き上げ
- 中国以外に10〜20%の関税(会議承認が必要)
- 中国に対し60%の関税(最恵国待遇の停止、重要分野の輸入を4年計画で段階的に廃止は、大統領権限で実行可能)
- 米国内で輸入物価が上昇。インフレ圧力が強まる可能性あり⇒利下げが遠のく
- 米国国内での製造業が促進され、サプライチェーンが米国内にシフトする動きが出る可能性あり
こちらの記事でも示した通り、金融市場は、「株高+金利上昇」で反応しています。ただし、インフレは米国民、および、企業のコスト負担を増やし、これが、景気にマイナスとなる可能性があります。
税金:法人、個人の税率引き下げ
- 【法人】国内製造業向けに法人税率を21→15%に引き下げ
- 製造業の雇用が拡大
- 短期的には特に大企業にとってプラス。しかし、財政赤字拡大につながり、国債発行→長期金利上昇というマイナスあり
- 【個人】財政政策と税制改革(TCJA)の恒久化
- 2017年の税制改革(TCJA)で実施された減税措置を恒久化+さらなる減税
- 短期的には消費を刺激する効果が期待。しかし、財政赤字が増大
最後に
今回は、『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』からの学びを紹介しました。
本書を読んで思ったのは、現在、直近で起こっていることを知ることも大事ですが、はやり、その国を知るには歴史から学ばなければ本質が見えてこないということ。今騒がれる「米国の分断」についても、それは、米国という国は建国以来、それが強くなるサイクルがあるとも言われます。
ジョージ・フリードマン氏の『2020-2030 アメリカ大分断 危機の地政学』を合わせて読んでみることをおすすめします。もっと深い部分の米国がみえ、米国が見えることで、世界の見方も変わります。