- 仕事と趣味・家族団らんなどが両立できない社会はおかしいー
仕事に忙しすぎる現代ビジネスマンの苦しみは、いかにして生まれたのかを、「読書史と労働史」を視点に探る - 1980年代までは、仕事の成功に教養(読書)が必須だった。しかし現在は、教養より情報。「今必要な情報のみを端的に求める時代」に。そこに弊害が。読書には即効性はなく、今必要のないノイズも多く含むが、そのノイズに触れることこそ大事
- 仕事のみに「全身全霊」な働き方をやめ、仕事と文化的な時間を両立させる「半身で働く社会」への転換が必要
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『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』ってどんな本?
「いや、そもそも本も読めない働き方が普通とされている社会って、おかしくない!?」
読書に限らず、大人になってから、仕事に追われて、趣味を楽しむ時間がないという人は多い。
しかし、「24時間、戦えますか」というCMが流行ったころ、今以上に日本人は働き、一方でバブルを謳歌し、遊びもしました。週休二日制が定着していったのも1990年代です。それまでは「休日」も少なかったのです。
では、「忙しくて仕事と趣味が両立できない」という現代ビジネスマンの苦しみは、いかにして生まれたのかー
三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、文学少女である著者が、「労働のせいで本が読めない!」という現実を前に、「労働と読書」の変遷とその問題を明らかにする一冊。そもそも、趣味や家庭の団らんなど「文化的な時間」が仕事に奪われる現代社会はおかしいとして、「全身全霊」ではなく「半身で働く社会」への転換を訴えます。
読書史を労働史から時代を読み解く視点がとても斬新。時代と仕事の変化が、どのように本のニーズに変化をもたらしたかの歴史は、「なるほど」の連続です。また、単なる自己啓発書とは異なり、働き方・ライフスタイルを客観的に見つめ直すきっかけを与えてくれます。
ビジネスマンはもちろん、日々忙しいと感じているすべての方におすすめしたい1冊です。
- 仕事に追われて、趣味や家庭の時間が確保できないと感じてる方
- 今の自分の働き方に疑問を感じている方
- 時代が求められる知識・情報が、仕事とどのように結びつき、変遷してきたかを知りたい方
時間がないから読めなくなったわけではない
文学女子である著者にとっての「本を読むこと」は、あなたにとっての「仕事と両立させたい、仕事以外の時間」のことです。
スポーツを楽しむ時間、家族との団らん、旅行を楽しむ時間、英語が資格取得などの自己研鑽なども含まれます。以下では、自分の人生にプラスになることをすべてをまとめて「文化」と呼ぶことにします。
「文化的な時間」とは、人生を豊かにするために大事な時間です。しかし、現代はこの「文化的な時間」が、「何者か」によって搾取されています。
「仕事」は時間泥棒の最大の要因ですが、単純に「長時間労働」だけが問題とは言えません。そこで、著者は、問いの方向性を転換し、原因を探ります。
本は読めなくても、なぜネットにはハマるのか?
最も大きな原因は、ネット・スマホです。読書もスマホも「文字を読む」点では同じ。しかし、多くの人は、疲れていようが、ベットに入ってもスマホにいそしみます。この理由は何でしょうか?
その理由は、ネットでは「今、求めている情報だけを、ノイズが除去された状態で、読むことができる」から。現代人は、とにかく、素早く答えを知りたい、しかもわかりやすくです。 「答えだけくれ!」という情報の求め方をする人が増えています。
対して、読書は、すぐには答えに到着できません。自分が「今、知りたいこと」以外の情報が多い。従来は、「読書による知識の吸収」が人生の成功に必要とされていたのが、今では、その知識が情報を濁らせるノイズとみなされているのです。
「ノイズ」と接することが大事
自分が求めるわかりやすい情報ばかりと接していては、視野は競作し、複雑な文脈の理解力は低下し、思考はワンパターンになります。自分で新しいことを考えられなくなります。読書で「ノイズ」に触れることこそ大事なのです。
「ノイズ」は新しい発見の宝庫です。ノイズとの出会いがないと、アイデアも生まれません。外山滋比古さんも著書『乱読のセレンディピティ』で、思いがけないことを発見する読書をせよ!と訴えます。
必要な情報だけ求めているはずが、仕事の効率化につながっていない
「今、求めている情報だけを素早く知りたい」という情報の求め方は、昔からのスタイルではありません。極めて現代的です。(後述)
問題なのは、時短につながりそうな情報探索でありながら、相も変わらず、日本人は非効率だという点です。日本人の仕事の効率の悪さは、OECD加盟国の生産性ランキングに見る「日本の生産性の低さ」などからも明らかです。
労働と読書:歴史的背景からみる知識・情報ニーズの変化
著者は視点を変えて、「仕事と趣味が両立できない理由」を探ります。仕事と読書がどのように結びついてきたかを明らかにするのです。
【読書史】「読書と労働」の関係は変化
詳細は本作にゆだねますが、読書史からわかるのは、「労働と教養」の関係の変化です。
明治時代~戦後の社会では、立身出世=成功に「教養(知識)」が求められました。「教養のある/なし」が、インテリエリートと労働者を明確に分けたのです。しかし、1990年以降、仕事での成功に必要なのは、その場・その場で必要な情報を得て、自分の行動を変革することに変化。その結果として、今の自分にとっては不必要な情報を多分に含む読書が、遠ざけられるようになったというのです。
明治~1980年代:取得に時間がかかる教養(ノイズを多数含む知識)
1990年代以降~:その場で必要な「情報」と「行動」
さらに、2000年を過ぎると、世の変化はさらに早くなり、益々「アンコントローラーブル」な時代へ。ただ真面目に働いても給料はあがりません。結果、自分の行動が及ぶ範囲「コントロール可能なこと」で自分の人生を変えようとする動きがでてきます。
「断捨離」「ミニマリスト」のような生活スタイル改善や、「プレゼンスキル」「コミュ力」などのようなビジネススキルに関する自己啓発本の流行がその例です。どちらも深い教養というより、浅いテクニック論で「自己改革」を目指したのです。
さらに、通信の拘束かは、アンコントロールなものに関心がなく、自分が知りたいことだけ知る人たちには喜ばしい「ググればOK」な環境を生み出しました。こうして、現代人の「読書離れ」は加速したのです。
なぜ、全身全霊で働く労働者が増えたのか
さらに、「自己実現が果たせる仕事に就くことこそ、最高の生き方だ」と叫ばれるようになります。仕事がアイデンティティになる時代の到来です。
結果的に、これを加速させたのが新自由主義改革です。新自由主義とは、市場(経済活動)への国家の介入を最小限にするべきと考える思想であり、国民に突きつけられたのが「自己責任」です。終身雇用の終焉×寿命の長期化という時代の流れも相まって、将来不安に備えるには、働かざるを得ない…といった気持ちもにさせたのです。
こうして、余裕なく仕事にのめり込む「全身全霊」で働く労働者が増えてしまったのです。
あなたの人生に、文化的な時間を取り戻そう
全身全霊で働く弊害
日本人は、「仕事に全身全霊で取り組むことを美化しすぎ」です。「自分を大切にすること」の価値を見直すべきと著者は訴えます。
- 何よりも最優先で仕事をすることが本当に正しい働き方か?
- 自分を犠牲にして働くことがかっこいいと思っていないか?
- 成果がイマイチでも「勤勉・真面目に働くことが美徳」とする日本の価値観は正しいか?
- 仕事のストレスで、心身を壊す人生は幸せか?
日本では「仕事で忙しい自分」に酔っている人をよく見かけますが、欧米に行くとそれは「自己管理が下手な仕事ができない人」です。それも当たり前。忙しくて心身が疲弊しては、生産性は悪化するばかりですから。
「半身社会」こそが新時代
「本も読めない働き方が普通とされている社会はおかしくないか?」という著者の問いは、著者は「仕事」と「文化的な時間」を両立する、「半身で働く社会」への転換の提唱に帰結します。
何も考えずに生きている人には「全身全霊」の方が楽です。目の前のことをやればいいだけですから。しかし、「全身全霊」の人は、他者にもそれを求めます。「なんで君は頑張らないんだ」と責めるのです。しかし、そんな社会のその先にあるのは、皆が疲弊した社会です。
時間はある、意識的に時間を作ろう
人生には「気持ちの余裕」が大事です。本当に忙しすぎる人がいる一方、SNSや動画配信サービスでダラダラ時間を過ごしているのに、「自分には自由な時間がない」と思い込んでしまっている人も大勢います。
「時間がない」という思い込みが強いと、文化的な時間を確保しようとする発想すら浮かばなくなります。
時間は待っていても作られるものではありません。意識的に時間を作ることが大切です。
本書の最終章とあとがきでは、自分の時間を取り戻す生き方が提案されています。頑張りすぎてきた人は、「頑張ることをやめろ」と言われてもそれができません。そのためのアドバイスが紹介されていいます。「自分の人生」と「時間の使い方」を改めて考えるいいきっかけになるはずです。
最後に
今回は、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のポイントを紹介しました。
私にとって本書からの最大の収穫は、「読書は時代を色濃く映す」という気づき。自分の想像していた以上に、時代背景(労働形態・技術進歩・仕事観など)により、読まれる本の内容や読書の仕方は大きく左右されるとわかったことです。
今どんな本が流行り、どんな変化が生じ始めているのかー 売れ筋本を定点観測することは、時代の流れや先読みのためにも重要と再認識しました。たまには、Amazonではなく、リアル書店に出かけようと思った次第です。
また、本書の構成が、ビジネス書や新書でよくある、わかりやすさ重視の「最初に結論ありき」という章構成になっていない点に著者のチャレンジを垣間見ました。歴史を紐解き、思考を深める過程を示すことで、読者にも探究させながら、「ノイズ」から大きな発見をする「読書体験」を読者に与えようとする試みです。
読みやすさ重視の本ばかり読んでいる人には、「結論は一体何なのよ」ともどかしいかもしれません。しかし、そこが大事なポイントです。是非、本書を手に取って、「ノイズのある本の読書体験」を楽しんでほしいと思います。
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