- 懐かしさと切なさが胸を打つ6つの短編小説。直木賞受賞作
昭和30~40年代の大阪・下町を舞台にした、どこか懐かしく、そして少し不思議な6つの短編から成る小説。当時まだ子どもだった主人公たちが、日常のなかでふと出会ってしまった“異界”との接点をく - ホラーでもファンタジーでもあるけれど、それ以上に“人間の物語”
6編に横たわるのは、昭和という時代に宿る「死」「喪失」「差別」というモチーフ。重いテーマを扱いながらも、静かで繊細で温かみのある人間物語。 - 6編を合わせて読むことで、より深く「良き昭和」「悪しき昭和」がよみがえる
表題「花まんま」は1編に過ぎない。6編を通して読むことで、当時の空気感がより深く染み入る。
★★★★★
Audible聴き放題対象本
『花まんま』ってどんな本?

第133回直木賞を受賞した朱川湊人さんの『花まんま』は、昭和30~40年代の大阪・下町を舞台にした、どこか懐かしく、そして少し不思議な6つの短編から成る小説です。
収録されるの6編はそれぞれ独立した物語。表題作「花まんま」はそのひとつです。
この時代といえば、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に象徴されるような、貧しくとも人と人が温かく寄り添いながら暮らしていた時代。そんな背景のなか、当時まだ子どもだった主人公たちが、日常のなかでふと出会ってしまった“異界”との接点を描いています。
昭和の下町の風景、人間関係の濃さ、身近にある差別・死・霊魂ー
ホラーともファンタジーとも少し異なる不可思議な出来事を通じて描き出されるのは、子どもたちが抱いた「痛み」や「切なさ」、そしてそんな気持ちを抱けるだけ「人間らしい温かさ」。
そして、作品の世界に没頭するうちに、自分自身の中にある大切な記憶や感情が呼び覚まされていくように感じます。また、実際にその時代を知らない世代の人も、なぜか昭和の懐かしさで胸が満たされます。
本日2025年4月25日からは、鈴木亮平さんと有村架純さんが兄妹役で共演する映画『花まんま』が公開。二人の初共演ということでも話題を集めています。
これにより、表題作「花まんま」ばかりに注目が集まりますが、他の5編もどれも映画になってもおかしくない珠玉の物語。6編を通して読むことで、当時の空気感がより深く、しみじみと伝わってきます。
昭和のぬくもりと、人の心の繊細さを描いた傑作短編集。直木賞受賞もうなずける1冊です。
『花まんま』:あらすじ
誰かの記憶が、別の誰かに入り込むなんて話が信じられるかー
本作には以下の6編が収録されています。以下では、「花まんま」をメインにあらすじを紹介します。
花まんま:あらすじ
大阪の下町で暮らす小学生・俊樹は、早くに父を亡くし、母と妹のフミ子と慎ましくも穏やかな毎日を送っていた。ところがある日、フミ子が高熱を出したのをきっかけに、彼女の様子が一変する。まるで別人のような言動を見せ始めた妹に戸惑う俊樹。そんな中、彼はフミ子の机から、我が家族と、見知らぬ名前とその家族がが書き連ねられた不思議なノートを見つける。
やがて、フミ子は、自分には「前世の記憶」があると打ち明ける。自分は刺殺されたエレベーターガール・繁田喜代美の生まれ変わりだというのだ。そして「どうしても彦根に行かなきゃいけない」と訴える。兄としての責任と戸惑いの間で揺れる俊樹は、「前世の家族と直接会わない」という約束のもと、妹を彦根へ連れて行く決意をする。
旅の途中、亡き父の「どんな時でも妹を守ってやらなあかん。それが兄ちゃんってものだからな」という言葉が胸をよぎる。彦根の街を懐かしがるフミ子。そしてその町で、フミ子は“かつての父”と再会する――骸骨のように痩せた老人として。
老人のことを知りたくて、彼が立ち寄った文房具屋に、一人、足を向けた俊樹。そこで、老人が娘を亡くなった哀しみ、特に、娘が刺された時、てんぷらそばを食べていた自分が許せず、食べられなくなったことを知る。そして、今日が娘の命日で、老人が、墓参りに行く途中だったことをー。
この事実を知ったフミ子。母が持たせてくれた弁当も食べようとしない。俊樹は、前世の親を思うあまり、今のお母ちゃんが作ってくれた弁当をないがしろにしていることを問題だと感じ、このまま帰ろうとフミ子に言い渡す。すると文子は、前世の父を元気づけたいと、俊樹に”あるお願い”を申し出る。
前世と現世。そして、兄と妹の絆。家族のあり方を優しく描く、心に沁みる感動作。「花まんま」とは何なのかー。
どうかラストはご自身の目で確かめてみてください。
その他のストーリー:あらすじ
本作には以下の6編が収録されています。どのお話にも、哀しみと不思議、そして、どこか温かい余韻が残ります。
✅ トカビの夜
朝鮮人の少年チュンホと心を通わせたユキオ。しかし、差別の空気に押され、堂々と友情を貫けなかった。やがて病弱なチュンホは亡くなり、彼の幽霊が町に現れ始める。人々は「差別の祟りだ」と騒ぎ出すが、それは本当に呪いなのか――。罪と記憶、そして小さな後悔が静かに胸を打つ物語。
✅ 妖精生物
10歳の世津子が130円で手に入れたのは、奇妙な生き物。普段は小さな水を入れたビンに入れ育てるも、時々、”妖精”を体に乗っけると、その吸いつくような感触に、子どもながらに”恍惚感”を感じてしまう。そんな折、父の経営する会社に入ってきた美男子に一目ぼれ。しかし、その後、家族は…崩壊へと向かっていく。衝撃のラスト。
✅ 摩訶不思議
女たらしのツトムおじさんが死んだ。葬儀では彼の数多の女性関係がバレないよう、甥が奔走するものの、いざ火葬という段になって霊柩車が故障。まるで「全員に見送られたい」という故人のワガママのように……。死んでも愛されたい!?男の、ちょっぴり切なくて笑えるラストステージ。
✅ 送りん婆
「送りん婆」とは、苦しむ人を“楽にしてあげる”ために、人を死をもたらす呪文を継ぐ者。そんな重い役目を継ぐか否か――。そして、先代の「送りん婆」のたった一度の過ちとは――。
✅ 凍蝶
差別に苦しみ、友達すらできない少年ミチオが出会ったのは、霊園で出会った美しく謎めいた女性・ミワ。初めて心を開けた彼女には、ある秘密があった。弟のため、家族のために背負った重荷と、彼女の“今”の暮らし。純粋な想いが、世の不条理を描く。
『花まんま』:感想・読みどころ

『花まんま』は、表題作だけでなく6編すべてを通して読んでこそ、その真価が感じられる一冊です。感想をまとめます。
人間の物語
朱川さんの筆致は映像的で、情景描写に優れています。読んでいると、昭和の下町の空気が、まるで映像のように鮮やかに立ち上がってくるのです。
ひなびた路地裏のにおい、薄い壁から伝う隣りの家の音、人々のざわめき、
そして、ふと顔を覗かせる“異界”の気配──。
それらすべてが重なって、ただのノスタルジーではない、「過ぎ去った時代」が心に残ります。
昭和という時代に宿る「死」「喪失」「差別」を、優しく、静かに描き出す
表題作だけでなく6編すべてを通して読んでほしいと願うのは、そこには、昭和という時代に確かに存在していた「よき昭和」と「悪しき昭和」が、淡々と、しかし、確かに描かれているからです。
昭和の日本には、現代では考えられないような差別が、ごく自然に存在していました。そして、「死」もまた今よりずっと身近でした。幼い子どもが、家で祖父母の最期を見届けることも、ごく普通のことだったのです。
一方で、そんな時代には、貧しさを抱えながらも、濃密で温かな人間関係がありました。親だけでなく、近所の大人たちが子どもを叱り、育てる風土があり、道徳や倫理が、日常の中で静かに伝えられていました。
作家・朱川さんは、そうした「昭和の匂い」を、懐かしさだけに寄りかかることなく、押し付けがましさもなく描き出します。それが本作の魅力のひとつです。
時代は昭和から平成、そして令和へ。生活は便利になり、貧困の形も変わりました。多様性が尊重され、LGBTQ+の人々への理解も進んでいます。けれど同時に、核家族化が進み、人との距離は広がり、他人の子を叱る大人は姿を消しました。「とりあえず病院」が常識となり、家で人を看取るという文化も遠のき、「死」は日常から見えにくい存在になっています。
どちらの時代が生きやすいかと問われれば、きっと令和の今の方が快適でしょう。それでも、確かに失われたものがある。それがこの作品を読んだあとに残る、言葉にできない“ざわめき”や“違和感”の正体ではないかと思うのです。
子どもだったあの頃に感じた何か──
それはきっと、「かつてあった何か大切なもの」を肌で感じ取っていた証拠なのかもしれません。
「大人になると見えなくなるもの」が、ここにある
もうひとつ、本作の魅力として挙げたいのは、「大人になると見えなくなってしまうもの」を子供の視線で丁寧に描いている点です。
大人になると、どうしても「それが現実」「世の中ってそういうもの」という思考のクセが強くなりがちです。理屈や効率で物事を判断するようになり、“何かがおかしい”という、繊細な曖昧な違和感に気づけなくなっていきます。
しかし、本作に登場する子どもたちは、その“言葉にならない違和感”に素直に触れ、戸惑い、怖がりながらも、向き合っています。それが、自分の子どものころを出させてくれるように思います。
最後に
今回は朱川湊人さんの短編集『花まんま』ののあらすじ・感想を紹介しました。
本作は、ホラーでもファンタジーでもあるけれど、それ以上に“人間の物語”です。
『花まんま』は、決して派手さのある作品ではありません。しかし、一つひとつの深みがあります。そして、繊細な気持ちが、自分の子ども時代を懐かしく思い出させてくれます。
是非、これから、映画を見に行かれる方も、本作を通じて読むことで、タイトル作だけをするだけでは味わえない世界を味わってみて下さい。
以下も、2025年に映画公開となった作品です。こちらも味わってみて下さい。Audibleなら全て聴き放題です。