- 後に国の宝となる男は、任侠の一門に生まれたー
任侠の家に生まれながら、歌舞伎の世界で芸の道に人生を捧げた主人公・立花喜久雄の壮絶な生き様を描いた長編小説。芸に生きた男のその狂気と美しさを、吉田修一さんが激しくも美しい筆致で描き出す。 - 原作と映画が“芸”の世界観を補完し、高め合う
文字文学では描き切れない歌舞伎という伝統芸能の繊細な所作や情熱、その美しさを映画が補完し、作品の価値を高め合う - Audibleにも注目!朗読は“八代目 尾上菊之助”さん
可憐で凛とした色気を持ち、女形も立役もこなす彼の声が、『国宝』の世界を声で描く!
★★★★☆
Audible聴き放題対象本
『国宝』ってどんな本?

2025年6月6日に公開された映画『国宝』が、映画ファン・文芸ファンの間で大きな反響を呼んでいます。
原作は、芥川賞作家・吉田修一さんによる同名小説『国宝』。任侠の家に生まれながら、歌舞伎の世界で芸の道に人生を捧げた主人公・立花喜久雄の壮絶な生き様を描いた長編です。
この小説は、2017年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、さらに2019年には中央公論文芸賞も受賞。文芸作品として極めて高い評価を受けています。
そして映画化された今、SNSやレビューサイトでは「今年最高の邦画」「小説の感動が映像で蘇った」「演技と映像の力が圧巻」といった絶賛の声が相次ぎ、「映画を観て小説を読みたくなった」「もう一度読み返したい」という原作への注目も再燃しています。
私自身は、映画はまだ観ていませんが、昨年小説を読了。映画の予告編を観ただけで、あの美しさと壮絶さがよみがえり、思わず目頭が熱くなりました。
本記事では、小説『国宝』のあらすじと感想を中心に、映画の評価と併せてその魅力を紹介していきます。
『国宝』あらすじ:“芸”のためにすべてを捧げた男の一代記
後に国の宝となる男は、任侠の一門に生まれたー。
舞台は1964年の長崎。
極道の家に生まれた少年・立花喜久雄。
そんな彼が、壮絶な父の死をきっかけに、その類まれな美貌と激情を秘めた魂で、
歌舞伎の世界に身を投じるところから物語は始まります。
彼を導くのは、歌舞伎界の名門の当主、花井半次郎。
そこで出会ったのが、伝統ある家に生まれ、幼い頃から舞台に立ってきたエリート・大垣俊介。
出自も性格も正反対の2人ですが、互いの才能に刺激を受けながら、競い合い、認め合い、
やがて最強の女形コンビとして人気を博すようになります。
しかし、運命は彼らに試練を与えます。
当主・半次郎の怪我による代役に、選ばれたのは俊介ではなく喜久雄。
これをきっかけに俊介は「探さないでください」と書き置きを残して失踪。
喜久雄は、三代目・半次郎の名跡を継ぎ、歌舞伎界の表舞台に立ちます。
しかし、喜久雄は、師匠の死や業界内での孤立により低迷。
そんなとき、俊介が温泉街で妖艶な芝居を披露している姿が発見され、再び表舞台に返り咲きます。
喜久雄は俊介との再会を喜びつつも、自身の評価が下がっていく現実に直面します。
やがて喜久雄は、江戸歌舞伎の大名跡・吾妻千五郎の娘と婚約し、新派の舞台にも挑戦。
しかし、過去の任侠との関係が報じられ、世間から糾弾を受けることに。
それでも喜久雄は、過去の関係を清算し、芸の道にすべてを賭け続けます。
俊介と再び舞台に立ち、芸を極めていく喜久雄。
そして、名誉、挫折、孤独、苦悩が入り混じる喜久雄の人生は、生涯をかけてひとつの到達点にたどり着きます。
ひとりの人間が到達しうる極致── “国宝”という称号でした。
『国宝』:感想 ー 美しくも激しい人生

小説『国宝』を読み終えたとき、胸の奥に静かに残る感動がありました。
任侠と歌舞伎という相反する世界を背負った喜久雄。
その人生は、ただ美しく、ただ苦しく、そして、圧倒的に“芸”に忠実でした。
彼は決して聖人ではありません。時に冷酷で、打算的でもあります。
しかし、「芸」に捧げた人生は、まぎれもなく本物。
その狂気と美しさを、吉田修一さんは激しくも美しい筆致で描き出しています。
血筋よりも、どう生きるか
歌舞伎の世界では「名跡(みょうせき)」という芸名が家系とともに受け継がれます。
芸、名誉、信頼の象徴ともいえるその名を、血縁でない喜久雄が継ぐことの「重み」──。
血族=正統な後継者という概念が根強く存在する歌舞伎界で、
任侠という“異端”の血を背負った喜久雄が、名跡を継ぐたるや、
芸の道を究めることはもちろん、嫉妬、やっかみたるや、並々ならぬ苦労を背負ったことは想像に難くありません。
一方、俊介の生き様を見れば、血統エリートの人生も極めて過酷。
幼いころから血のにじむ稽古、プレッシャーを克服していかなければ、輝く未来は待っていません。
俊介は、芸の天才・喜久雄を前に、劣等感に押し潰され、一時は「失踪」という選択に追い込まれました。
「親ガチャ」という言葉が使われる現代ですが、本作はこう問い問いかけているように思うのです。
「どんな家に生まれても、人生は苦しい」「どう生きるかは自分次第だ」とー。
真のライバルは “生涯の伴走者”である
喜久雄と俊介は、まさに「運命のライバル」。
互いを意識し、嫉妬し、ぶつかり合いながらも、深い場所で繋がっている存在です。
人は一人では高みに到達できません。
ライバルは、互いにとって「自分を高めてくれる鏡」であり、「さらに上へ登る階段」です。
喜久雄にとっての俊介、俊介にとっての喜久雄。
彼らは互いを映す鏡であり、喜びも悔しさも共に味わう人生の伴走者です。
互いが存在するからこそ、挫折しても、前を向き、頑張れる存在です。
ライバルとは、競い合うだけでなく、支え合い、高め合う存在である──そのことを、この物語は教えてくれます。
原作と映画が“芸”の世界観を補完し、高め合う
小説を原作とする映画に、原作の世界観をより高めてくれる映画と、その逆の作品があります。
映画PVを見る限り、本作は、まさに、小説と映画が「歌舞伎という芸の世界観」を高め合う作品のよう。
吉沢亮さんと横浜流星さんのが見事に喜久雄・俊介を演じ、圧巻の演技とビジュアルで、歌舞伎の世界が再現しています。小説の空気感を壊すことなく、むしろ映像表現によって新たな命が吹き込まれているのは、原作ファンとしても感無量です。
歌舞伎という伝統芸能の繊細な所作や情熱、その美しさを、小説という文字文学で浮かぶ上がらせることには限界があります。それを、映画が補っているのです。
もちろん、映画には時間の制限があるため、小説で描かれる細やかな心理やエピソードはカットされているでしょう。だからこそ、小説で“心の奥行き”を知ったうえで映画を観ることで、より深い感動を得られるのではないかと思うのです。
実は、原作小説と映画が作品の価値を高め合う作品として、激しく心を揺り動かされたのは『線は僕を描く』という作品でした。こちらも、水墨画という「日本芸術」を描いた作品であり、今年の大河ドラマ主演・横浜流星さんが主役を務めています。その感動は、以下の記事で紹介しています。

Audible版にも注目!朗読は“八代目 尾上菊之助”
小説を読んだ方、映画を観た方に、ぜひもう一つの楽しみ方をおすすめしたいのが Audible版の朗読。
朗読を担当するのは、歌舞伎役者で俳優でもある八代目・尾上菊之助さん。
可憐で凛とした色気を持ち、女形も立役もこなす彼の声は、まさに『国宝』の世界にふさわしい。
彼の語りで聴く『国宝』は、また違った魅力と深みを感じられるはずです。
最初のさわりはこちらからプレビューできます。是非、1作品を味わってみてほしいです。
最後に:『国宝』は“生き様”そのものを描いた傑作
吉田修一さんの『国宝』は、ただの芸道小説ではありません。
美に取り憑かれた男の“人生そのもの”を描いた物語、そして、そして、ライバルとの絆、芸に賭ける情熱──
そのすべてに、心揺さぶられました。
人生は、一人で完結するものではありません。
誰かに支えられ、誰かを追いかけ、時に嫉妬しながら、私たちは少しずつ高みに登っていく。
是非、あなたも、小説『国宝』で、“人間の脆さと強さ” “芸に生きた男の生き様”を味わってみて下さい。心を揺り動かす何かに出会えるはずですから。
コミック化もされています。全3巻です。Kindle版は1・3巻が23%還元となっているので合わせてチェックしてみて下さい。