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【書評/感想】人間に向いてない(黒澤いづみ) 鳥肌!驚愕!感動!奇病が蔓延するディストピアな社会。メフィスト賞受賞作

【書評/要約】人間に向いてない(黒澤いづみ) 鳥肌!驚愕!感動!奇病が蔓延するディストピアな社会。メフィスト賞受賞作
人間に向いてない」要約・感想
  • 人間が突如として異形の姿に変貌する奇病が発生したディストピアな社会を描いた小説。奇病にかかるのは、ニートなど、親も見捨てた若者たち。
  • タイトルの「人間に向いてない」とはどういう意味か、考えながら読むと、より一層、小説が面白くなる
  • グロテスクな情景に鳥肌が立ち、舞台設定の妙で驚き、丁寧な心理描写で泣ける。いい小説!

★★★★★



目次

『人間に向いてない』ってどんな本?

黒澤いづみさんの小説『人間に向いてない』は、文芸雑誌『 メフィスト 』から生まれた 公募文学 新人賞「メイフィスト賞」を受賞した社会派小説です。

不審な物音を聞き、22歳のニートの息子の部屋を恐る恐るのぞいてみると…そこにいたのは、おぞましい姿の虫になった息子だった。

目の前のこれはどこからどう見ても異形だ。虫に近いデザインではあるものの、中型犬ほどの大きさひとつとっても、およそ一般的な生命体とは言いがたい。震える美晴の目の前で、『それ』はしゃりしゃりと顎を動かした。

人間が突如として異形の姿に変貌する奇病が発生したディストピアな社会を描いた小説。しかも、奇病にかかるのは、ニートなど、生産的なことを何もなさない若者たち。

読み出して早々、頭をかすめるのは、カミュの不条理文学の最高峰。目覚めたら虫になっていた男を描く『変身』。

カミュの『変身』は、虫になった男性の苦悩とそのあまりに悲惨な末路が描かれますが、本作では、グロテスクな姿の虫になってしまった我が子をどうするか?苦悩しながらも、我が子を守ろうと決めた母親の姿が描かれます。

家族に受け入れられない想定外が起こったとき、それでも「家族」を愛せるか、深く考えさせられる小説です。ストーリーも、鳥肌出まくりで面白い。そして、最後にどんでん返し(というにふさわしいかは別だが)も!

舞台設定の妙で驚き、丁寧な心情描写で泣けます。読んで損なし、おすすめの一冊です!

こんな方におすすめ!
  • 家族に受け入れられない想定外が起こったとき、それでも「我が子」を愛せるかー 考えてみたい親御さん
  • ディストピア小説、社会派小説が好きな方

『人間に向いてない』:あらすじ

『人間に向いてない』:あらすじ

ある日、息子の優一の部屋からかしかし、かしかしと何かを引っ掻く異音を聞いた主人公・美晴。恐る恐るドアを開けて美晴が発見したのは、一夜にして「芋虫のような体にムカデのような無数の脚をもつおぞましい生物」になってしまった息子の姿だった…

数年前から国内では、人間が突如として異形の姿に変貌する奇病異形性変異症候群(別名:ミュータント・シンドローム)が発生。患者数は全国各地で数万人に上るも原因・治療方法ともに不明。ただ、奇病に罹るのは若者ばかりで、中でも、引きこもりやニートなど、社会のゴミとされる若者たちばかりが患うというが共通していた。

未曽有の事態を重く見た政府は、慌てふためく民衆を落ち着かせるためにも、奇病に冒された者たちを、実質的な「死者」として扱うことを決定。死亡保険の受取りなどを認める一方、「人権」の一切を適用外とすることを決める。親の中には、おぞましい姿の「変異者」と一緒に暮らすことができず、見捨てる(殺す、捨てる)者も続出する。

息子の変わり果てた姿に絶望する美晴。もともと引きこもった息子にいい思いを抱いていなかった夫や義母は、「即刻始末してしまえ」と言う。

今までだってできることなら棄てたかったが、体裁もあって許されなかった。だが今のこいつはもう人間じゃないからな。何の法も適用されないんだ。たとえ何をしたとしても。

しかし、晴美はおぞましい虫の姿とて、子どもを見捨てることはできず、変異した家族を持つ人同士の交流会「みずたまの会」に救いを求める。

「みずたまの会」で、同じ悩みを抱える人がいることに、いくらか心救われた美晴。そこで、「変異者」といっても、犬、魚、植物 など、多種多様な変異があることを知る。さらに、「変異者」を抱える家庭には、子どもたちが変異する前から、複雑な事情を抱えていたことにも気づくー。

息子は再び元の姿に戻る可能性はあるのかー。そして、人間に向いていないのは誰なのかー。

『人間に向いてない』:感想・考察 ※ネタバレあり

『人間に向いてない』:感想・考察 ※ネタバレあり

本作は、読者にいろいろなことを考えさせます。

  • 奇病(奇形)はなぜ発生したのか
  • 受け入れがたい現実を目の当たりにして、人・社会はどうなるか
  • ニートと異形。どちらも息子であり、社会の害だが、それでも、我が子を愛せるか
  • そもそもタイトルの「人間に向いてない」とは、何を意味しているのか など

おそらく、最も大切なのは、著者がタイトル『人間に向いてない』に込めた意味でしょう。この点に関わることを考察してみたいと思います。

【考察】どんな状態でも我が子を受け入れられるか

不治の病の患者というものは通常であれば手厚く保護されて 然るべきである。一級障がい者として認定する必要もあるはずだが、異形性変異症候群には大きな壁があった。

異形の姿はおしなべて気味が悪い。何か、とにかく生物として奇妙な姿になるのだが、はっきり言ってグロテスクだった。実際のところ、見た目のあまりの醜悪さから家族は患者を嫌悪し、世話を放棄する者たちが後を絶たなかった。思わず患者に暴行を加えてしまい、結果的に殺してしまったというケースも既に多数報告されていた。(略)

可愛 げがあるならともかく、見た目は気味が悪い。そもそも異形となる前から家庭内では 厄介者 であった。そういった事情により、患者の多くは見捨てられることとなった。(略)

この状態となった者は『変異者』と呼ばれるが、以降人間として扱われることは二度とない。義務や権利から解き放たれる代わりに、野の獣とほとんど変わらない扱いとなる。

美晴をはじめ、本作に登場する親たちは、グロテスクな姿に変貌した我が子を「受け入れるのか」「見捨てるか」という究極の選択を迫られます。

一方、現代社会でも問題の引きこもりやニートも、子を持つ親であれば考えたくもないような状況です。最初、親は更生を試みるも、次第に諦め、「見捨てられたに近い」状態となりがちです。

子どもにとって唯一であるはずの父母、誰よりも味方であるはずの親に否定され続ければ、歪んでしまうのも無理はない。異形の姿となる前に、心もとっくに異形になっていたのだろう。自分がただ自分として在ることを許されなかったのだから。

物語の親たちは皆、我が子が異形の姿になったことで、それまで目を背けてきた我が子の問題と改めて向き合うことになります。著者は、常識的にはありえない奇病を通じて、引きこもりやニートといった若者を生み出している社会・家族の闇 を批判しているように思うのです。

「なぜ、我が子が奇病にー」美晴も自問、調査をして、次第に、息子が引きこもりになってしまったのは親のせいなのではないか を考え、「私がこの子を守ってあげないといけない」と息子へ真の愛を抱くに至るのです。

過去のことや今までのことは変えられなくても、これから先のことは変えていける。時間をかけて根気よく失った信頼を取り戻していくしかない。

今の優一のことは言葉の通じない動物と同じ、寧ろ乳児と同じように考えたほうがいいのかもしれない。  ただそこに存在するだけで、生きていてくれるだけで嬉しかった、生まれたばかりの頃のように。多くを望まず、ありのままを受け入れる。そして、子どもからのサインは決して見逃さないこと。

【考察】人間に向いていないのは、誰なのか

異形性変異症候群。何とも恐ろしい病気だが、この病の面白い点は、若年層のみ発症していることにある。それも働き盛りの者や輝かしく青春を送っている者たちではなく、いわゆる社会的弱者として 鬱屈 した日々を過ごしている者ばかりが罹るのだ。  私はこの状況に 鑑みて、これは「間引き」ではないかと考えている。(略)

真面目に誠実に生きている者はこの病に関わることなく生きていくことができる。だが自堕落で 怠惰な生活を送っている者はこの病の 餌食 となるのだ。そして、彼らを放置し、正しく導いていく努力を怠った親は、異形の始末を任せられることで報いを受けるという寸法だ。

実によくできている。世界の自浄作用とは、かくも 天晴れなものだ。

一般的には、社会に順応できないニート・引きこもりなどの子どもが「人間に向いていない」となるかもしれません。

しかし、本作は、異形化する前にに、子どもの心に「異形」を生み出してしまったのは親であり、このような子供を生み出した親こそ「人間に向いてない」のではないか?と突きつけているように思うのです。

美晴の夫も、息子は見放してしまえと、異形化した子供を抱え、法的に罪に問われないなら、殺害・放置する親もこそ「人間に向いてない」のではないか? と、読者に問うているのではないかと考えます。

【ラスト】大どんでん返し

本作は、最後の最後に大どんでん返しが待っています。

息子は異形性変異症候群から抜け出した「生還者」に。母子で別居していた父の元に戻ると、「すぐに始末しろ」と息子を見捨てたと父親が虫となり、汚い家の中でモゾモゾ動いていたというラストが待っているのです。

虫になった美晴と息子は、父親にどのような態度を見せたのかー

美晴と息子が父親に見せた態度とその後の行動が、とても達観していて逞しくて、一方で、とてもリアルで面白い。おぞましいホラーに、一気に親しみが持てる「いいラスト」です。

最初から、最後までとても面白いので、是非、この面白さを本書で味わってみてください。

合わせて読みたい本:3選

フランツ・カフカ (著) / Audible聴き放題対象本

冒頭にも書いた通り、同じく「グロテスクな虫」に変身してしまうことで起こる悲劇を描く、世界的名著。合わせ読み必須!

こちらは、本書の解説で紹介される小説。体が朽ちていく末期ハンセン病者を描いた作品。こちらも、心をえぐられる。NHK『100分de名著』でも取り上げられた作品。命とは何かを、深く考えさせられます。

著:小田雅久仁 / Audible聴き放題対象本

「月」で日常が一変する恐怖を描く、3つの作品集。そのうちの1作『残月記』は、月昂(げっこう)という不治の感染症が爆発的に広がる、近未来の日本が舞台。こちらの作品も、『人間に向いてない』と同様。ディストピア✕奇病✕愛がテーマ!美しくも残酷!

最後に

今回は、黒澤いづみさんのディストピアホラー小説人間に向いてない』のあらすじと感想・考察を紹介しました。

単にホラー小説・ミステリー小説・ディストピア小説の枠にとどまらない、とてもいい作品です。母の愛に感動します。そして、ラストの大どんでん返しに驚かされます。そして、何より、子供を持つ親なら、我が子にちゃんと向き合い、愛しているかー、考えさせられると思います。

読んで絶対に損なしです!

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