- 「なぜ小説を読むのか」を物語化
『小説とは何か』『なぜ私たちは小説を読むのか』——その根源的な問いを、物語の形で真正面から描いた挑戦作。読むうちに、知らず知らずのうちに「読むことを考える読者」へと導かれる。 - 小説の「救い」と「危うさ」
主人公・内海を通して、小説がもたらす心の豊かさを描く一方で、現実逃避や過剰な没頭といった危うさも描き出す。 - 小説とは何にか
友人を探す内海の旅を通じ、なぜ人はフィクションという「嘘」を必要とするのかを、宇宙や生命の進化の比喩も交えて描く。小説を読む意味、人が物語に惹かれる理由を深く考えさせる一冊。
★★★★☆ Audible聴き放題対象本
『小説』ってどんな本?

本好きでも、意外と答えられない問いがあります ——なぜ、私たちは小説を読むのか
ワクワクしたいから。感動したいから。世界を知りたいから……
理由はいろいろ思い浮かびます。
けれど、どれも表面的で、胸を張って「これだ」と言える答えには、なかなかたどり着けません。
野﨑まどの『小説』は、そんな問いに、真正面から挑んだ作品です。
正直に言えば、本書は人を選びます。
派手な展開や、わかりやすい感動を期待すると、肩透かしを食らいます。
この物語には、大事件も、劇的な展開も、ほとんどありません。
王道エンタメとは、まったく違う道を歩んでいます。
その代わりに描かれるのは、
「人はなぜ物語に惹かれるのか」「小説は人生にとって何なのか」
という、極めて根源的なテーマです。
物語をただ純粋に楽しむための本ではなく、“物語そのものを考えるための小説”。
だからこそ、本作は本屋大賞2025・第3位に輝いたのでしょう。
読むことに人生を注いできた人ほど、本書が導く答えにうなずく瞬間があるのではないでしょうか。
私自身も、戸惑いながら読み進めた先で、「なるほど……🤔」と膝を打ちました。
あらすじ|“読むこと”に人生を捧げた青年の物語
物語の主人公は、幼い頃から小説を愛して生きてきた青年・内海集司。
5歳で読んだ1冊の本をきっかけに、人生の中心は「読むこと」に。
そんな内海が出会ったのが、外崎真。
本に縁のなかった彼も、内海との出会いをきっかけに読書に目覚める。
二人は“小説家・髭先生”の住む「モジャ屋敷」に通い、好きなだけ本を読む、かけがえのない時間を重ねていく。
大人になった二人は、「読むこと」に生きる内海と、「書くこと」を志す外崎へと、異なる道を歩む。
そんなある日、ある言葉をきっかけに、外崎は内海の前から姿を消してしまう。
親友の行方を追う内海の旅は、
髭先生が「小説とは何か」を探究した軌跡をたどる旅であり、
同時に、「自分は小説をただ読むだけでよいのか」という問いと向き合う旅でもあったのである。
感想|”読むことの意味”を問う
読書体験そのものを物語に変える構成
正直に言えば、本作は、中盤までは戸惑いの連続でした。
物語はどこへ向かうのか。何を描こうとしているのか。はっきりとは見えてきません。
しかし、物語が深部へと進んだとき、ふと気づきます。
——私は今、「読むことについて書かれた小説」を読んでいるのだ、と。
読者は知らぬ間に、「小説をただ読む側」から、「読むことを考える側」へと導かれていきます。
小説の持つ「救い」と「危うさ」
読むことは、人を強くする。同時に、人を脆くもする。
本作は、内海を通じて、その両面を描き出します。
小説が与えてくれるもの——知識、共感、視野の拡張、ビジネスや人生のヒント。
読むことで、人は確かに成長します。
しかし一方で——
物語に没頭しすぎて、翌日の仕事に支障をきたす。
嫌な現実から逃れるために、本の世界へ閉じこもる 等、
小さな依存が、やがて大きな逃避につながる「危うさ」も持っています。
文学史を振り返れば、
太宰治、芥川龍之介、中原中也 など繊細すぎた才能が苦しんだ例は少なくありません。
彼らに共通するのは——鋭すぎる感受性/過剰な自己分析/深い孤独
本作が描く「小説の危うさ」は、こうした文学史とも静かに重なるように思います。
考察|「小説とは何か」
📌ネタバレを含みます
物語終盤で語られるのは、壮大な思想です。
宇宙の誕生/物質の進化/生命の誕生/精神の形成
エネルギーは物質となり、物質は生命となり、生命は精神へ。
すべての存在に共通するのは——「集まり、内側を増やし、意味を蓄えていく存在」であること。
人の身体も、元をたどればビッグバンで生まれた星屑。無機物が有機物となり、組織化され、人になりました。
そして、人の心もまた同じです。経験を集め、感情を重ね、意味を育てていきます。
しかし、人は欲深い。もっと知りたい。もっと感じたい。
もっともっと、情報や経験を求め、取り込もうとして、「現実」だけでは足りなくなった。
だから人は、「フィクション」をを生み出した。
見たことのない人生・世界。味わったことのない感情。
それらを疑似体験するための「嘘」。その結晶が、「小説」です。
読むだけでいいのか—— 内海は、物語の果てで、この問いの答えにもたどり着きます。
答えは、「それでいい」。
読むこと自体が、すでに人生を拡張している。それ自体が価値なのだと。
最後に |読む人の人生に寄り添う小説
野﨑まどの『小説』は、読みやすい作品ではありません。人も選びます。
しかし、読み終えた時、読者の「読書観」をちょっと変えてくれます。
手に取る小説の愛おしさが、増すような感覚です。
本書評では、「小説かは何か」の答えに当たる部分を紹介しましたが、
結論だけ読んでも、核心は何も伝わってこなかったはずです。
ぜひ、この問いの旅路そのものを、本書で体験してみてください。
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