- 人は「原因」ではなく「目的」で行動する
人は過去に縛られて生きているのではない。いまの目的に沿って、行動や生き方を選び続けている。『嫌われる勇気』は、このアドラー心理学の核心を、青年と哲学者の対話を通して描き出す一冊。 - すべての悩みは「対人関係の悩み」
仕事、恋愛、家族、友人—— どんな悩みも突き詰めれば、他者との比較や評価、承認に行き着く。自分の課題と他人の課題を切り分け、他者の評価を人生の軸から外さない限り、苦しさは終わらない。 - 「どう思われるか」から「どうありたいか」で生きよ
他人の期待を基準に生きる人生から降りること。自分の価値観に基づいて選び、引き受けて生きること。これこそが、自由と幸福への入り口である。
★★★★★ Audible聴き放題対象本
『嫌われる勇気』ってどんな本?
人はなぜ、ここまで他人の評価に振り回されてしまうのでしょうか。
「嫌われたくない」「期待に応えなければ」「変に思われたくない」——
そんな思いに縛られて、言いたいこともできず、動きたい方向にも進めなくなる。
岸見一郎・古賀史健著『嫌われる勇気』は、そうした生きづらさの正体を、真正面から解体していく本です。
世界的ベストセラーとなった本作は、アドラー心理学をベースに、「青年」と「哲学者」の対話形式で進みます。
問いはシンプルで、しかし重い。
人はなぜ不自由になるのか
自由とは何か
幸せとは何か
私はこの本を読むのは2度目。
2026年1月にAudible聴き放題に追加されたのをきっかけに、今回は音声で再読しました。
読了して感じたのは——
『嫌われる勇気』は、圧倒的にAudible向き。
対話だからこそ、本書の深い問いが音声で刺さるのです。
青年は、哲学者に対して容赦なく噛みつきます。
「それは理想論だ」「現実を分かっていない」と、挑発的な言葉を重ね、論破しようと食い下がる。
正直、聴いていて(読んでいて)この青年の攻撃性に苛立ちや不快感を覚える人も少なくないはずです。
けれど、物語が進むにつれ、あることに気づかされます。
青年の反論は、そのまま自分が抱いた疑問や違和感なのだ、と。
そして、哲学者の静かで揺るがない語り口に、「説得」ではなく「腹落ち」していく自分に。
理論・理屈でまとめられた解説書では味わえない、「対話だからこそ届く思考のプロセス」。
これこそが、『嫌われる勇気』を他のアドラー解説書とは異なる1冊にしています。
「世界も人生もシンプルである」——青年が最初に否定した言葉
物語の冒頭、青年は哲学者のもとを訪れます。目的は…
「世界はシンプルであり、人生もまたシンプルである」という哲学者の主張を、徹底的に論破するためです。
青年は言います。「そんなもの幻想だ」と。
大人になれば、誰もが思い知らされる現実がある。
能力の差、才能の差、運や環境の差。
努力しても報われないことは山ほどある。
そして現実は、残酷な評価を突きつけてくる。「お前は、その程度の人間だ」と。
——この青年の認識に、多くの人がうなずいてしまうのではないでしょうか。
哲学者は、この現実を否定しません。不平等も、能力差も、確かに存在すると認めます。
その上で言うのです——「世界が複雑なのではない。あなたが、世界を複雑にしているのだ」と。
哲学者が切り捨てるのは、「勝ち組・負け組」「成功・失敗」「才能の差」という比較の物差し。
それらはすべて、他人の評価を基準にした世界の見方だからです。
アドラー心理学の核心:人は「原因」ではなく「目的」で行動する
『嫌われる勇気』を貫く思想が、アドラー心理学です。
その最大の特徴は、原因論ではなく目的論。
それは、フロイトとの違いを見ると、より明らかになります。
この思想のズレこそが、『嫌われる勇気』における青年と哲学者の対立の土台です。
【まとめ】心理学三大巨頭の思想(フロイト → アドラー → ユング)
| 観点 | フロイト | アドラー | ユング |
|---|---|---|---|
| 基本立場 | 精神分析の創始者 | 個人心理学 | 分析心理学 |
| 人間理解の軸 | 無意識と欲動 | 目的と社会性 | 無意識と元型 |
| 行動の決定要因 | 過去の原因(原因論) | 未来の目的(目的論) | 無意識の象徴的構造 |
| 重要視するもの | 性的欲動・抑圧 | 目標・意味・価値 | 集合的無意識・象徴 |
| 性格形成 | 幼少期の体験が決定的 | 生き方の選択で決まる | 心的タイプで方向づけ |
| 問題の原因 | トラウマ・抑圧 | 人生課題への向き合い方 | 心の分裂・未統合 |
| 自由の捉え方 | 過去に強く規定される | 今ここで選び取れる | 内的成長で拡張 |
本書の青年と同じように、
私たちはついトラウマなど「過去が今を決める」というフロイト的な視点で物事を捉えがちです。
しかし、アドラーは、以下のように捉えます。
人は過去に縛られて生きているのではない。いまの目的のために、行動を選び取っている。
たとえば、「学歴が低いから成功できない」という考え。
原因論では、学歴 → 能力不足 → 成功不可 という因果関係で説明されます。
目的論では、「成功しない」という選択をしていると考えます。
なぜか。
一歩踏み出すこ怖さ、努力、失敗のリスク などを引き受けたくないから。
不満はあっても、現状維持の方がラクだし、傷つかないからです。
こうして、人は様々なことに「学歴」「環境」「才能」といった“原因”を掲げ、変わらない自分を正当化します。
また、世の中は「不幸自慢」が溢れていますが、これも、アドラーは「弱さという権力行使」だと指摘します。
弱さという権力
アドラーは、人間社会では「弱さ」がしばしば強い力を持つと指摘します。
その最も分かりやすい例が、赤ん坊です。
赤ん坊は無力ですが、その弱さゆえに大人を動かし、支配します。
弱さとは、守られる力であり、同時に他者を動かす力でもあるのです。
この構造は、大人の世界にも見られます。
たとえば「不幸自慢」。
病気、失恋、不遇な過去を語り、「自分は不幸だ」と周囲に訴えることで、特別扱いや配慮を引き出そうとする。
これは、不幸を“武器”にして、他人の行動や感情をコントロールしようとする行為です。
アドラー心理学は、こうした行動を道徳的に非難しません。「そこにある目的」に着目するのです。
これは冷たい見方ではありません。
むしろ、「人はいつでも、生き方を選び直せる」という、極めて希望のあるメッセージです。
【深掘り】アドラー哲学とは何か ――「生き方」を変える心理学
さらに、アドラー心理学を深く見ていきます。
すべての悩みは「対人関係の悩み」である
アドラーは断言します。
人の悩みは、すべて人間関係に帰着する。
仕事、恋愛、家族、友人—— どの悩みも、突き詰めれば他者との比較、評価、承認に行き着きます。
劣等感、不安、怒り、嫉妬。それらはすべて、「他人」を介して生まれる感情です。
課題の分離 ――「それは誰の課題か」
ではなぜ、人間関係に悩むのか?
実は、その多くは、「他人の課題に踏み込みすぎる」ことから生まれるとアドラーは指摘します。
人間関係を楽にするための実践的なアドラーの教えは、課題の分離。
「それは自分の課題か、相手の課題か」を明確に分けることです。
たとえば、子どもが勉強するかどうかは「子どもの課題」。親ができるのは支援までで、介入ではありません。
他人の課題に踏み込みすぎると、支配や干渉が生まれ、関係は歪みます。
逆に、自分の課題に他人を介入させすぎると、人生の主導権を失い、苦しくなります。
「自分がどう生きるか(どうするか)」それは、誰のものでもない自分自身の課題です。
「嫌われる勇気」とは、わがままになることではない—承認欲求からの自由
「認められたい」「褒められたい」
アドラーは、「承認欲求こそが人を不自由にする」と断言します。
他人の期待に応えるために生きる限り、その人生は常に“他人の人生”になってしまいます。
だからこそ提示されるのが、『嫌われる勇気』という言葉です。
本書のタイトルは、よく誤解されます。
「積極的に嫌われろ」「他人にノーが言える人になれ」そういうことではありません。
そもそも、すべての人に好かれることなど不可能です。
価値観の違いがある限り、誰かに誠実であろうとしても、別の誰かには「悪」に見えることもあります。
だからこそ必要なのは、他人の評価に人生を委ねない勇気。
承認欲求から自由になると、行動の基準は「どう思われるか」から「どうありたいか」へと変わります。
アドラーが捉える自己——「性格」と「世界観」
アドラー心理学は、人の思考や行動の傾向を説明する言葉として「ライフスタイル」を用います。
ここでいうライフスタイルとは、服装や生活習慣の話ではありません。
それは——人が世界をどう見ているか、自分自身をどう捉えているか
そうした認知や価値観を含めた、「生き方そのものの型」(世界観)です。
たとえば「自分は悲観的な性格だ」と悩む人は、「私は悲観的な世界観を採用している」と言い換えられます。
ここで重要なことは、変えていける世界観。
「性格を変える」ではなく、「どんな世界観を採用するかを、自分で選べる」という視点です。
この視点で、人は変われます。
共同体感覚 —— 自分の居場所を、自分でつくる力
もう一つの重要概念が、共同体感覚です。
本作の中でも、青年と哲学者の対話が最も白熱するのが、この部分。
青年は、アドラー心理学は、「自分と他人の間に境界線を引いて物事を考える点(課題の分離)」で、「利己的」「自己中」だと、哲学者を攻め立てます。
共同体感覚とは、一言で言えば、
「自分はこの世界の一員であり、ここに居場所があると感じられる感覚」
「誰かの役に立てている」「ここにいていいと思える」その実感です。
こうして言葉にすると、「それだけの話か」と感じてしまうかもしれません。
けれど実際には、この概念は驚くほど奥行きが深く、
ここまでの説明だけでは、本質のほとんどは伝わっていないと思います。
だからこそ、このテーマは青年と哲学者の対話を通して体験してほしい。
文字レベルで理解するのではなく、反論し、引っかかり、揺さぶられながら、腑に落ちしてほしいのです。
以下は、そのごく表層に触れるにすぎませんが、
あくまで私自身の整理と備忘録として、要点だけをまとめておきます。
なぜアドラーは共同体感覚を重視したのか
アドラー心理学では、人の悩みはすべて対人関係の悩みだとされます。
そして、そのさらに奥底にあるのが——「自分には、居場所があるのか?」という不安です。
この感覚が欠けたまま生きていると、人は無意識のうちに次の方向へと傾いていきます。
- 他人から認められようと必死になる
- 優越感や劣等感に振り回される
- 競争や比較から抜け出せず、常に他人を基準に生きる
- 人を支配するか、あるいは支配される関係に陥る
承認欲求や比較による消耗は、こうして生まれます。
この悪循環から抜け出すための土台として、アドラーが据えたのが「共同体感覚」でした。
共同体感覚の3つの要素
- 自己受容
弱さや欠点を含めて、「これが今の自分だ」と引き受けること。
自己否定が強いほど、人は他者からの承認に依存せざるを得なくなります。 - 他者信頼
「人は基本的に信頼してよい存在だ」と考える姿勢。
裏切られない保証があるから信じるのではない。保証がなくても、信じると決める態度そのものが重要です。 - 他者貢献
どんなに小さくてもいいから、「誰かの役に立っている」と実感できること。
感謝されるかは本質ではありません。自分自身が「役に立てている」と感じられるかどうかが鍵になります。
ここで誤解してはいけない点があります。
❌ 自己犠牲ではない
❌ 我慢や迎合でもない
❌ みんなに好かれることでもない
むしろこれは、「嫌われる勇気」を前提にした上での、健全なつながり方です。
「他人に居場所を与えてもらう(認めてもらう)」のではなく、自分の居場所を自分でつくる。
この力が身につくと、承認欲求や比較による消耗がなくなり、人間関係は驚くほどシンプルで、楽になるとアドラーは述べるのです。
これ以外にも、「縦と横の関係」など、実に多くの学びがある部分です。
耳が痛い部分も多い対話。是非とも、読んでみてほしいです。
最後に —— この本の価値は「読んだ後」に
正直に言えば、『嫌われる勇気』は、やさしい本ではありません。
即効性のある答えもくれません。ただ、こう、執拗に問い続けてきます。
それでも、あなたは今の生き方を選び続けますか?
本書の価値は、
読み終えた瞬間ではなく、
自分なりにアドラーの教えを咀嚼し、自分に問い直し、人間関係・人生の悩みが減ってこそ高まります。
私も、生活の中で意識したい。
『嫌われる勇気』は人生の分岐点となり得る1冊です。是非、手に取ってみてください。
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