- 同級生の殺人容疑で十四歳の息子・翼が逮捕。殺人の理由に口を閉ざす息子。真実はどこにあるのか?
少年犯罪の加害者家族の視点から描かれる社会派ミステリー - 少年犯罪における「更生」とは何なのか?
「少年犯罪」「被害者遺族の痛み」「被害者の悲しみ」「贖罪のあり方」「社会の在り方」など、読者に重い問いを投げかける。 - 吉川文学新人賞 受賞作。ラストは涙なしでは読めない!
★★★★★
Audible聴き放題対象本
『Aではない君と』ってどんな本?
同級生の殺人容疑で逮捕された14歳の息子。
だが、弁護士に何も話さない。
真相が明かされないまま、親子は少年審判の日を迎えるー。
薬丸岳さんの小説『Aではない君と』は、少年犯罪と家族の葛藤を深く描いたた社会派ミステリーです。「少年犯罪」「被害者遺族の痛み」「被害者の悲しみ」「贖罪のあり方」「社会の在り方」など、読者に重い問いを投げかけます。
ラストシーンまで、なぜ、少年は友達を殺害してしまったのか、真実が明らかになることなくストーリーは展開していきます。重いテーマながらも、ストーリーに引き込まれます。
本作は、少年犯罪の加害者家族の視点を通じて、「加害者少年の更生」について、深く考えさせます。裁判の場面では、少年法の在り方や、未成年が犯した罪に対する社会の冷たい視線が実にリアルです。
また、ラストは衝撃的。最後に真相が明らかになったとき、私は涙がとまりませんでした。しかし、希望の光を感じさせる終わり方となっています。吉川文学新人賞受賞作を受賞した作品だと納得できるラストです。
親として、また社会の一員として、読んでほしい一冊です。
Aではない君と:あらすじ
あの晩、あの電話に出ていたら。同級生の殺人容疑で十四歳の息子・翼が逮捕された。
親や弁護士の問いに口を閉ざす翼は事件の直前、父親に電話をかけていた。
真相は語られないまま、親子は少年審判の日を迎えるが。
少年犯罪に向き合ってきた著者の一つの到達点にして真摯な眼差しが胸を打つ吉川文学新人賞受賞作。
―――― 「BOOK」データベースより
本作の主人公の父・純は、仕事中心の生活を送ってきたため、息子と十分なコミュニケーションを取ってきませんでした。しかし、息子が事件を起こしたことで、初めて真正面から向き合うことになります。
事件の詳細を知るうちに、息子が共犯として関与していたものの、直接手を下していないことが明らかになります。しかし、日本の法律では14歳以上であれば刑事責任を問われる可能性があり、翼は裁判にかけられることになります。純は弁護士とともに、息子の心理や背景を探りながら、事件の真相に迫っていきます。
Aではない君と:さらなるネタバレ&感想

『Aではない君と』は、父と息子の関係が実にリアル。リアル故に、読者は、心を揺り動かされます。
ここからはさらなるネタバレを含むので、本を読む前にストーリーを知りたくない方はお控えください。
最も心に残った言葉
最も涙があふれたシーンはラストシーン。しかし、それとは別に、非常に心に残る言葉がストーリの後半にありました。
顔から手を離すと、翼がうなだれていた。手の中の生暖かい息子の体温を感じ、切なさが込み上げてきた。息子が生きていることの実感をかみしめながら、視界がかすんでいく。
「いつかお父さんに訊いたよな。心とからだと、どちらを殺したほうが悪いの、って。今なら間違いなく答えられる。からだを殺すほうが悪い」
翼が弾かれたように顔を上げた。吉永は手に持ったティッシュで自分の涙を拭い、翼を見つめた。
「もし、二度と翼の声を聞くこともできず、翼に触れることもできなくなってしまったらお父さんはどれほど辛いか……病気や事故で翼がいなくなったとしてもとても耐えられない。ましてや誰かに殺されたとしたら……お父さんは自分の命がなくなるまで、その人間を恨み続けるだろう」
心が死んでも、生きていたら語りかけ、抱きしめることもできる。
しかし、体が死んでしまったら、もう何もできない。
写真や想像で思い出すことはできても、体温を感じることはできない。
当たり前のことですが、改めて、殺人という罪の重さを考えさせられます。
一方で、親の強い愛も感じます。殺人を犯しても、息子は息子。今、辛い一生が待っている息子を何としても守りたい。痛みを分ち、少しでも息子の苦しみを何とかしてやりたいという、父親の感情です。
自分にできることは、愛おしい子に付き合うことしかできない。でも、世間の誰もが少年Aとして息子を憎んだとしても、自分だけは息子を愛し続ける。
そんな父親の気持ちが伝わってきます。
被害者宅への贖罪訪問。被害者の父は語る
本作は裁判だけでは終わりません。翼が刑期を終え、アルバイトをするなど、普通の生活を始めた後の親子についても描かれます。
少年院を出た後も、翼はまだ、被害者・優斗の仏前に手を合わせていませんでした。それは、被害者の父親が翼に対し「本当に更生したと自信を持って言えるようになった時に来い」という条件を課していたからです。そんな中、父は翼に「被害者家族への謝罪訪問」を促します。
ついに訪れた被害者宅。優斗の父は翼に問いかけます。「君は本当に更生したと思っているのか?」。これに対し、翼は、「いえ……。何が更生なのかわかりません。ただ、謝りたいと思いました」と答えます。社会に出て働いているとはいえ、加害者である自分が本当に更生したと証明することは極めて難しい。翼の返答は、彼の偽らざる気持ちです。
少年犯罪は、被害者やその家族の人生を大きく狂わせると同時に、加害者自身の未来も奪います。少年法のもとで更生の機会が与えられるとはいえ、罪を犯した過去は一生ついて回ります。社会復帰したとしても「過去の犯罪歴」が明るみに出ると仕事や人間関係を失うこともあり、普通の人生を歩むことが極めて困難になります。
特に、殺人のような重大犯罪では「償う」とは何かが問われます。刑期を終えたからといって許されるわけではなく、被害者遺族にとっては「更生したかどうか」は関係なく、喪失の苦しみは一生続きます。加害者がどれほど悔いても、失われた命は戻らないのです。
十字架を背負って生きるということ
被害者の父は最初、翼が仏前で手を合わせることを拒みます。しかし、しばらく話した後、棚の引き出しから一枚の写真を取り出し、翼に手渡します。それは、かつての友人・優斗と翼が満面の笑みで写った写真でした。
君の顔は見たくない。だけど、うちにある写真の中で一番いい顔をしてるから捨てられない。君の部分を引き裂いてやりたいとも思った。でも、そうすると優斗の顔まで曇ってしまう気がしてできない。わたしは死ぬまで君の顔を見続けなきゃならない。この気持ちがわかるか?
被害者家族がどのような辛い思いで過ごしてきたのか、を想像すると苦しくなります。しかも、この悲しみは、死ぬまで続きます。人を殺すことなどあってはならないのです。
どこで間違えてしまったんだろう。どうすればよかったんだろう。
それがわかったとして、もうどうにもならない。
(略)
この先、翼のことを本当にわかってくれる人とは出会えないのだ。
だが、その重い十字架を背負うことが、人の命を奪い、生きていくものの務めではないか
少年法は「若い加害者には更生の機会を与えるべき」という前提で運用されています。しかし、仕事を持ち、普通の生活を送れることが更生なのか——。
また一方で、実際には社会の目は厳しく、過去の犯罪が発覚した瞬間に職場や地域社会から排除されることも少なくありません。社会は加害者を受け入れられるのかという点も大きな問題です。
『Aではない君と』は、物語で少年犯罪における「更生」の概念を問い直します。
最後に
今回は、薬丸岳さんの小説『Aではない君と』を紹介しました。
少年犯罪は「未熟さゆえの過ち」では済まされません。被害者の人生を奪い、加害者自身の人生も変えてしまう。だからこそ、「少年だから仕方がない」ではなく、「どうすれば罪を犯させない社会をつくれるか」を考えることが重要だと思わされます。
罪とは何か、更生とは何か、そして社会は加害者をどう扱うべきなのか——。
この作品を通じて、一人ひとりが考えるきっかけを持つことが、何よりも大切なのかもしれません。