- 『枕草子』のエピソードと、現代でも解き明かされていない『源氏物語』の謎をベースに話が展開する歴史ミステリー
- 謎解きに挑むのは、紫式部と彼女に仕える女房の阿手木。歴史に実在した人物、藤原道長、中宮定子、清少納言、一条天皇、藤原宣孝、藤原実資など、大河ドラマ「光る君へ」の登場人物たちが、とてもイキイキと描かれる
- 特に、『源氏物語』の謎に挑む弟二部・第三部が秀逸。平安時代や平安文化に大いに興味を抱かせる
★★★★☆
Kindle Unlimited読み放題対象本
『千年の黙 異本源氏物語』ってどんな本?
2024年の大河ドラマ『光る君へ』で脚光が集まる平安時代。
『源氏物語』の歴史ミステリーにも迫る小説として紹介したいのが、森谷明子さんの『千年の黙 異本源氏物語』。デビュー作にして、第13回鮎川哲也賞を受賞した作品です。
本作の主人公は、紫式部と彼女に仕える女房の阿手木(あてぎ)。明るく行動的な阿手木が事件を捜査する助手に、紫式部が謎を解き明かしていきます。
解き明かされる謎は3つ。面白いのは、1話は『枕草子』に描かれるエピソードを元にした物語。そして、2部・3部は現代でも解き明かされていない『源氏物語』の謎を元にした物語である点です。
各話の中では、歴史上の実在人物、藤原道長、中宮定子、藤原彰子、一条天皇、藤原宣孝、藤原実資なども登場!それぞれが人間味あふれる人物として生き生きと描かれます。また、紫式部と藤原道長の関係、そして、藤原道長と一条天皇の間にある確執なども描かれ、『光る君へ』ファンなら、興味深い点が多数。
平安時代や古典文学の知識が必要な部分もありますが、『光る君へ』をご覧の方なら、興味深く読めるはずです。また、大河ドラマを見ていない方も、平安時代に興味を持つきっかけになります。
読む価値が大いにある歴史ミステリーです。
- 歴史ミステリーが好きな方
- 大河ドラマ『光る君へ』をご覧になられている方
- 平安時代、平安文学に興味のある方
『千年の黙 異本源氏物語』:あらすじ
小説は3部構成。紫式部が3つの謎を解き明かしていきます。
第一部「上にさぶらふ御猫」
第一部は、枕草子 第九段「上にさぶらふ御猫は」がベースになったお話です。出産で宿下がりした中宮定子に同行した、帝の寵愛猫が行方不明になります。一条天皇は大の猫好きだったことで知られています。
出産のため宮中を退出する中宮定子に同行した猫は、清少納言が牛車につないでおいたにもかかわらず、いつの間にか消え失せていた。帝を慮り左大臣藤原道長は大捜索の指令を出すが――
このころ、藤原道長は娘・彰子を入内させようとしている真っ最中。宮中を退出する定子に貴族を近づかないようにする道長の謀で、道長は殿上人を引き連れて宇治山荘へ出かけて、宮中の警備が手薄すに。
一条天皇は愛する定子への嫌がらに腹立たしさを感じているところに、一条天皇が寵愛する猫が逃げて行方不明。一条天皇は、「御所の警備をないがしろにして、猫が逃げたことにも気づかなかった衛士たちを責めるべきだ」といって立腹するのです。
帝の道長に対する難癖であることは否めませんが、こうなった以上、道長は何としても猫を見つけねばなりません。紫式部の夫・藤原宣孝も駆り出されての大捜索が始まるのですが…、猫は見つかりません。
そこへ、紫式部・阿手木ペアが登場。阿手木が集めた情報をもとに、紫式部が、消えた猫の謎解きするのです。
真相は本書を手に取ってご確認を。
第二部「かかやく日の宮」
第二部「かかやく日の宮」は、現在も不明な『源氏物語』の謎に迫る物語。
第二部で取り上げられる謎は、「幻の一帖の行方」です。源氏物語は五十四帖から成りますが、どうも、一帖から順に描かれたわけではない疑惑があります。書かれるべき内容が書かれていなかったり、登場人物が別々の帖で初登場のように描かれていたり….
例えば、源氏物語第三部のうち、第一部で第二部への橋渡しともなる大事な伏線、「光源氏と藤壺の禁断の関係」なども明確には描かれていません。もしかしたら、「幻の一帖」があったのではないかー。この謎に着想を得て書かれたのが「千年の黙」の第二部「かかやく日の宮」です。
第二部は、紫式部が確かに執筆したのに、知らぬ間に消えてしまった「幻の一帖」の行方を追う!どこで、どのタイミングで消えてしまったかを、紫式部が追います。
「幻の一帖」を処分してしまうのはー。
大河ドラマにも出てくる、あの人物です(笑)。処分の経緯はともあれ、この線は確かにありえそうです。
第三部「雲隠」
『源氏物語』には、さらなる謎があります。タイトルだけで本文がない「雲隠」という帖にが存在するのです。
第三部では、もう一つの幻の帖「雲隠」に込められた紫式部の想い・皮肉な真相を、紫式部が語る内容となっています。
本作で注目は、筆者・紫式部の想い。自分の紡ぐ物語が意図せぬ形で伝わってしまうかもしれない(物語が作り変えられてしまうかもしれない)という、紫式部の恐怖です。
当時の物語は「写本」です。人が書き写せば、誤字脱字もあるでしょうし、場合によっては、物語が欠落してしまう可能性もあります。また、魂を削って描く物語が、意図せぬ解釈をされてしまう可能性もあります。これは、作家にとっては大きな恐怖です。
文章とはとても繊細なものです。「私は」が「私が」と変化するだけでも、物語の意味が異なってしまうこともあります。
作家の平野 啓一郎さんの『本の読み方 スロー・リーディングの実践』には、本の書き手は、「こう読んでもらいたい」という意図を持ち、作品の一語一句から作品全体に至るまで、吟味に吟味を重ねて物語を描いているという指摘がありました。そして、そんな書き手の仕掛け・工夫を見落とさないように読むと、今までとは全く異なる読書体験ができるとの指摘も。
現代なら、作者自身が、物語の意図が間違って伝わらないように、発信することが可能です。しかし、そんなことが簡単ではない平安時代の紫式部の「物語が作り変えられてしまうかもしれない恐怖」とはいかばかりか…
私は本が好きで、大きくの本に接するからこそ、なおさらなこと、この思いを受け止めて読まなければならないと、気づかされた次第です。
『千年の黙 異本源氏物語』:感想 本作の魅力は、生き生きとした人物描写
本作の魅力は、歴史上の人物が、実に生き生きと描かれている点です。実に、登場人物たちが「人間くさい」のです。
学校で習う歴史の本・資料集からは、その人が生きた息遣いを感じることはできません。しかし、本作は、平安の時代を生きた人たちが、現代人と変わらず、悩んだり、いじわるしたり、難癖をつけたり、その時代を精一杯生きていたであろうことが伝わってきます。
それが、単なる架空のミステリーではない、「歴史や史実も絡めた歴史ミステリー」として描くことで、読者を歴史の世界に誘います。私は本小説を読んで、益々、平安自体が知りたい欲求が高まりました。
最後に
今回は、森谷明子さんの小説『千年の黙 異本源氏物語』のあらすじと感想を紹介しました。
ミステリーとしての面白さだけでなく、様々な気づきのある小説でした。是非、あなたも本書を手に取り読んでみてください。