- 脳のはたらきは、ニューロン(神経細胞)のネットワークだけじゃない!
「ニューロン以外の脳」が人間らしさの鍵を握っている。これが、ニューロンすらも司る「脳を司る『脳』」 - 20%を占める脳の「すきま」が、人間らしさの鍵
細胞外スペースに広がる非ニューロン的な仕組みこそが、人間の「こころ」や「知性」を支える - 脳を健康に保つには?──「アストロサイト」がカギだった!
脳の健康とは、いわば「頭の良さの維持」。アストロサイトを活性化すれば、脳の健康=「頭の良さ」が維持できる。本書では、そのために大事な習慣も紹介される。
★★★★★
Audible聴き放題対象本
『脳を司る「脳」』ってどんな本?
生物にとって、最も大事なのは「脳」。身体の中で特別な存在であり、消費エネルギーの20%も脳の活動のために使われています。また、脳ほど堅牢に守られている臓器はありません。
この脳のはたらきは、ニューロン(神経細胞)が担っているというのが、というのが常識です。いわば、ニューロンはコンピューターのような「知能」を司っています。しかし、ニューロンだけでは解明できない「人間らしさ」-「心のはたらき」「知性」「ひらめき」はどこから生まれるのでしょうか。
本書『脳を司る「脳」』は、「脳のはたらきはニューロン(だけ)」という従来の常識を覆す一冊です。
著者・毛内拡さんは、脳の「すきま」――細胞外スペースに広がる非ニューロン的な仕組みこそが、人間の「こころ」や「知性」を支えていると説きます。
ブルーバックスらしく最新の神経科学研究を紹介しながらも、一般読者にも届くように噛み砕いた筆致で、読後には「脳を見る目」が大きく変わる知的興奮に満ちた内容です。
非常に参考になりました!
人間の脳、なぜすごい?AIとは何が違うのか

脳は「司令塔」──すべてを統括する情報ネットワーク
まずは、特別な「脳」の基本の働きの理解から始めてみましょう。
私たち人間の身体や心の働きは、すべて「脳」によってコントロールされています。その中核にあるのが、ニューロン(神経細胞)のネットワークです。
脳にはおよそ860億個以上のニューロンがあり、これらが複雑に接続して信号をやり取りしています。ニューロンの電気信号は、シナプスと呼ばれる細胞間の接合部で、神経伝達物質(例:ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、エンドルフィンなど)に変換され、次のニューロンへと受け渡されます。
神経伝達物質は100種類以上が知られており、種類によって感情、記憶、注意力、運動などに異なる影響を与えます。つまり、脳は化学信号と電気信号を巧みに使い分けるハイブリッドな情報処理装置なのです。
また、ニューロン間の結合(シナプス)の強さが変化することで、新しい記憶が形成されたり、学習が行われたりします。これをシナプス可塑性(plasticity)と呼びます。人間の脳は、「学ぶことで変化する」という非常に柔軟な性質をもっているのです!
コンピュータと脳の違い:「知能」と「知性」
「AI=人工知能」と言いますが、「人工知性」とは言いません。この違いには、人間の脳の本質的な特徴が関わっています。
項目 | 知能(intelligence) | 知性(wisdom / sapience) |
---|---|---|
意味 | 答えのある問題を効率よく解く能力 | 答えのない問題に向き合う能力、意味を見出す力 |
特徴 | 論理、計算、識別、記憶に強い(AI向き) | 文脈、感情、倫理、創造性に強い(人間的) |
例 | 将棋や囲碁の最善手の計算 | 芸術作品の評価、人生の選択、共感など |
AIは大量のデータからパターンを抽出して、「正解がある問い」に高速で答える能力に優れています。しかし、「なぜそれが大切か?」「何を目的とするか?」といった問いに対して向き合い、意味を見出す力は「人間の知性」にあります。
この「知性」や「こころ」といった人間らしい働きは、単なる電気信号であるニューロンの活動だけでは説明しきれません。
「人間らしさ」は脳の“すきま”にある?
では、知性やこころは、脳のどこから生まれるのでしょうか?
毛内さんは「ニューロン以外の脳」が人間らしさの鍵を握っているといいます。そして、ニューロンすらも司る脳を本書では「脳を司る『脳』」と表現しているのです。
人とのコミュニケーションでは「雰囲気」、つまり、人との「間」が重要で、この実体のない何かが全体を司ることがよくあります。脳も同じで、脳の細胞と細胞の「間=すきま」が、重要なはたらきをしています。
ニューロンの電気信号は非常に速く、ONかOFFかの「デジタル信号」に近いものです。一方で、非ニューロン細胞(例:アストロサイトなど)による信号は、ゆるやかで連続的。つまり、「アナログ信号的」です。
毛内さんは、こうした異なるスピードや性質を持つ情報処理=ニューロン/非ニューロンが、脳内で絶えず交差し、影響しあう「環境」こそが、「こころ」を形作るのではないかと述べています。
脳を司る「脳」って?──脳の“すきま”が支える人間らしさ

本書では、非ニューロンな脳が、大事な役割を担っていることが、詳細に解説されされます。以下ではそれを簡単に紹介します。(以下の説明の❶~❼は、上図に対応)
脳の20%は“すきま”
私たちの脳は、神経細胞(ニューロン)だけでできているわけではありません。脳の中には「❶細胞外スペース」と呼ばれる“すきま”が存在し、成人の脳では体積の約1/5、つまり、20%ほどを占めています。
人体の60%は水分です。脳のすきまも、水のような液体が満ちていて、脳の健康を保つうえで欠かせない役割を担っています。
脳の“水の流れ”がゴミを掃除する
頭蓋骨の下を流れる脳内の水は「間質液」と呼ばれ、脳脊髄液が脳組織に染み込んだもの。成人の場合、約130mlで1日に3~4回、脳の中で入れ替わり、老廃物の掃除が行われています。
脳のすきまを満たしているの水は「間質液」。❷細胞間質液 ❸脳脊髄液 の2つの液体です。
これらは、脳の中を循環しながら、老廃物の回収や脳への衝撃の緩和といった役割を果たしています。間質液は、成人の場合、約130ml。1日に3〜4回入れ替わるとされ、老廃物の排出は主に睡眠中に活発になります。
ここで重要な働きをしているのが「❹アクアポリン4(AQP4)」という水専用の通り道(チャネル)です。アクアポリン4は、グリア細胞の一種である「アストロサイト」の膜に多く存在し、水の流れを調整しています。
睡眠が脳のゴミ掃除を助ける
脳内の水の循環が止まると、高濃度なカリウムイオンが滞留。イオンバランスが崩れ、ニューロンは正常に働けなくなってしまいます。つまり、電気信号がうまく遅れないワケです。これが、頭が働かない状態です。
この脳内のゴミを取り除くために大事なのが「睡眠」です。睡眠中は細胞外スペースが広がり、水の通り道が広がることがわかっています。
特に高齢になると深い睡眠がとりづらくなり、こうした老廃物の除去能力も低下。これが、アルツハイマー病との関連として注目されています。
「もうひとつの主役」アストロサイトとは?
ニューロンと同じくらいの数を占めるのが、「❺グリア細胞(神経膠細胞)」。なかでも重要なのがアストロサイトという細胞です。アストロサイトは、脳の中にあるグリア細胞の一種。神経細胞(ニューロン)のサポート役として長らく軽視されてきましたが、いまでは以下のような重要な役割を担っていることがわかってきました。
- 脳内のゴミ掃除(水の流れ=間質液の調整)
- 神経細胞の活動調整
- 情報処理の補助(学習に関与)
- ノルアドレナリンなどの神経伝達物質と連携(理機能や精神機能、記憶の定着などにも関与)
人間のように知的な動物ほど、アストロサイトの数が多いことも明らかになっています。つまり、記憶力、論理的思考だけではない、ひらめきや創造性も含めた「賢さ」がアストロサイトの質と量」に関係があると考えられているのです。
「脳のすきま」で起きているアナログな伝達
脳のすきまでは、ニューロンによる電気的な“デジタル”伝達とは異なる、ゆるやかな“アナログ”型の伝達が行われています。これが「❻広範囲調整系」と呼ばれる仕組みです。
ここで活躍するのが「❼神経修飾物質」。これらは細胞外に拡散し、広範囲にわたって脳の状態を調整。「心の変化」に関わっています。
神経修飾物質 | 主な働き |
---|---|
ノルアドレナリン | 脳のアラートシステム 注意力や警戒心を高め、ストレスに対応。多すぎるとADHD、少なすぎると眠気や無気力。 |
セロトニン | うつ病とも関係 気分や本能的行動を制御。うつ病や不安障害と深く関係。 |
ドーパミン | やる気や感情を左右 やる気・報酬・快感を感じる源。パーキンソン病や依存症とも関係。 |
アセチルコリン | 記憶や学習、脳のモード変化に関係 記憶や学習に不可欠。アルツハイマー病との関連が深い。 |
脳を健康に保つには?──「アストロサイト」がカギだった!

脳の健康とは、いわば「頭の良さの維持」です。
知性の進化の謎を解く鍵となるのが、先に説明した「アストロサイト」です。
最後の節では、脳を健康に保つにはどうしたらいいかを見ていきます。
脳の健康の鍵、アストロサイトを元気にするには?
アストロサイトを活性化するには、脳を“適度に刺激する”ことが大事。
そのスイッチになるのが、「ノルアドレナリン」です。
ノルアドレナリンは、ストレスや新しい刺激に反応して出る脳の“警戒ホルモン”のようなもの。脳の覚醒度を高め、注意力や学習力を上げてくれます。このノルアドレナリンが出ると、アストロサイトが活性化し、結果的に「脳が活性化」します。
脳にいい生活習慣とは?
では、ノルアドレナリンを出すにはどうしたらいいでしょう。「新しいことにチャレンジ」すればよいのです。
- 新しいことにチャレンジする(新しい趣味、特に知らない分野の読書・映画)
- 人と会って会話する(特に初対面の人はベター)
- 旅行(知らない場所に出かける )
- 運動(軽い有酸素運動は、脳への血流をよくし、ノルアドレナリンの分泌を促進)
中でも、旅行は、新しい風景・文化・人との出会い・不測の事態など、脳にとって最高のトレーニングです。特に、一人旅は、適度な不安やトラブルと向き合うことで、注意力・判断力・集中力を総動員されるので、脳にとって“最高の刺激”になります。
最後に
今回は、毛内拡さんの本『脳を司る「脳」』からの学びを紹介しました。
- 脳のすきま(細胞外スペース)には意味がある
- 間質液はゴミを掃除し、睡眠が脳のメンテナンスタイムになる
- アストロサイトは知性・創造性・感情の鍵を握っている
- 「新しいことに挑戦する」ことで脳は若返る
こうした知見は、単なる医学知識にとどまらず、自分の生活に直結するヒントでもあります。
読書好き、ジム好き、旅行好きの私は、日常生活の中に「脳を活性化する習慣」をうまく取り入れられていると思います。そして、これらから感じる毎日の暮らしのワクワクや幸福感が、わたしの「日々の幸せ」を支えてくれています。
「脳の健康を守る」とは、難しいトレーニングではなく、毎日の暮らしにワクワクを増やすこと。
その第一歩として、本書はとても良いガイドになるはずです!知的好奇心も揺さぶられて、おすすめです!