- 『枕草子』をベースに、清少納言の生涯をイキイキと物語化した歴史小説。
- 「清少納言の人生」の物語化に当たって、約三百段前後の章からなる『枕草子』から、田辺聖子さんがピッタリのエピソードを選び出してストーリー化。まるで、清少納言を傍らで見ていたかのような、見事なストーリー展開!
- 著者・田辺聖子さんの清少納言への愛を感じる作品。愛ある作品は、読者を歴史の世界に強く引き込む。歴史に興味を持つきっかけに!
★★★★☆
Kindle Unlimited読み放題対象本
『むかし・あけぼの 小説枕草子』ってどんな本?
「心ときめくもの」「むかつくもの」など、日常生活で見過ごされがちな一瞬の出来事を、鋭い感性で鮮やかに切り取った『枕草子』。
「幼い子がハイハイしてやってくるの、我が子じゃなくても、超かわいい💕」
「今カレが元カノの話をするのって、悪気ががなくても腹立つ!」
「めんどくさい女は大嫌い!図に乗るガキも憎たらしい!」
「人との競争に勝つと超うれしい♪ 特に、男に勝ったときは!」
など、明るく、歯切れよく、痛快な文章で、平安の人々の心をつかんだ清少納言は、平安時代の共感インフルエンサー。平安の世にとどまらず、千年後の現代人の心をもつかんでいます。
そんな『枕草子』を、田辺聖子さんが清少納言への愛情たっぷりに、いきいきと物語化したのが『むかし・あけぼの 小説枕草子(上巻・下巻)』。
本作がスゴイのは、「清少納言の人生」を物語化するに当たって、約三百段前後の章からなる『枕草子』から、ピッタリのエピソードを選び出してストーリー化していること。
物語は、無骨でまるで情緒のない夫・橘則光への愚痴からスタート。物語自体は、田辺聖子さんの創作なのですが、平安時代に清少納言のそばで、その言動を見聞きしていたのではないかと思うほどの構成です。
清少納言は、頭の回転の早い自由奔放な勝気な女性。自分の軸があり、自分に嘘をつくことなく人生を生きた女性です。一方で、清少納言が仕えた中宮定子も聡明な女性。教養がありながら、ユーモアがあり、しかも美人で、一条天皇から深く愛されました。2人がいた定子サロンはユーモアと笑いが溢れ、宮中の中でも輝きを放っていました。本作では、中宮定子との聡明な掛け合いや、貴族の男性たちとの軽妙な冗談がリズミカルに描かれます。
しかし… その栄華は、中宮定子の父にして時の最高権力者だった藤原道隆が病死すると事態は急変。藤原道隆の子・藤原伊周が藤原道長に権力闘争で敗れると、定子の一家はたちまち没落。定子も24歳という若さで亡くなります。
華やかな「上巻」から一家没落の「下巻」へ。一家が落ちぶれていく中での清少納言の決意『楽しいことだけ書き残そう。辛いこと、嫌なことは胸にしまっておけばいいのだから。』という定子敬愛の思いは、心に染みます。
❶『枕草子』の明るさ・華やか、❷その横で繰り広げられる藤原一家の熾烈な権力争い、そして、❸京の荒廃など、平安時代のダークサイドも仔細に描かれます。面白くて、読みどころに事欠かないおすすめの小説です。
清少納言の生きた日々が、鮮やかによみがえる作品。大河ドラマ『光る君へ』をご覧になられている方なら、番組の振り返り、そして、平安時代の歴史をより深く知る1冊になること、間違いなしです。
『むかし・あけぼの 小説枕草子』:あらすじ・時代背景おさらい
まったく、則 光ったら、なんでこうも私をイライラさせるのかしら。
イライラさせる、っていうのか舌打ちしたくなるっていうのか。
憎らしいっていうのか、じれったいというのか。
本作は、宮中の雅な世界を知った清少納言が、相も変わらず無骨でまるで情緒のない夫・橘則光に対する愚痴から始まります。下っ端役人のくせに、新しい女を使って、しかも、子供が産まれて…。
この時代では当たり前ではあるのですが、「唯一」「一番」じゃなくちゃ我慢ならない清少納言としてはイライラ腹立つことばかりだからです。則光とのやり取りは、本作で度々登場するのですが、これが面白い。
さて、時代は、藤原兼家が政治の頂点で権威を振るう時代。
帝は円融帝から花山帝へ。さらに、花山帝が藤原一族に騙され出家し、一条天皇の時代へー
本書はそんな時代に、歌人の父・清原元輔(きよはらのもとすけ)に育った海松子(みるこ、宮仕え前の清少納言の名前)。主婦をしながら、日々の何気ない一瞬に心に浮かんだ「感性」をまとめた草紙が、中宮定子の目に留まったことで、紆余曲折ありながら、宮使いが始まります。
2024年、私は多くの平安時代を知る本を読み、藤原摂関政治時代の歴史などをまとめてきました。そこで、これまで読んできた内容と重なる予備知識については、別の書評にゆだねたいと思います。
『枕草子』『清少納言の人となり』について
勝ち気で陽キャ。知識を武器に男君たちと対等に渡り歩き、恋のして、ケラケラ明るい笑顔で過ごしたに違いない清少納言。その人となりは、現代女性の憧れではないでしょうか。人となりは以下の記事でまとめました。
清少納言の中宮定子への敬愛ぶりについて
単なる主従を超えて、定子を魂の底から愛し、敬愛した清少納言の気持ちは生涯変わることはありませんでした。感性が合い、打てば響くような相手とつながれた二人は、本当に心のそこでつながり、幸せだったと思うのです。
小説家 冲方丁さんの『はなとゆめ』も、清少納言が敬愛した一条天皇の皇后・中宮定子との出会いと束の間の栄華、そして、権力を掌握せんとする藤原道長との政争に巻き込まれ没落していく様を、清少納言の目線で描いた歴史小説です。
こちらの本でも、なぜ、清少納言は『枕草子』を書いたのか― どれほどまでに、どれほどまでに、清少納言が定子を尊敬し、愛したかに心震える作品です。2人の関係は、上記記事で紹介しています。
これらの作品の書評では書き記さなかったことを中心に、田辺聖子さんの『むかし・あけぼの』の魅力をまとめます。
『むかし・あけぼの 小説枕草子』:感想
本作品を面白くしているのが、『枕草子』のエピソードだけではわからない、「清少納言の人となり」と「人間関係」。
特に、本作を盛り上げてくれるのは、清少納言の人格形成に関わっている清少納言の父、そして、夫、兄の存在です。彼らとのやり取りが、清少納言だけでなく、平安時代を多角的に描くことに役立っています。
歌人の父に「溺愛」されて育つ。魅力的なパパ!
清少納言の父は、著名な歌人・清原元輔(きよはらのもとすけ)。清少納言は幼少期より父に溺愛されて育ちました。
このパパの教育方針が実によい!平安時代の女性の教育は、紫式部の父・藤原為時のように「女は漢文などするな」と諫めることでしょうが、元輔パパは当時としては先進的な考えの持ち主。「お前は賢い!すごい!すごい!」と褒めて育て、大人になっても「お前はかわいい姫や」と褒めるのです。当然、こんなパパ、子どもが嫌いになるはずがない。だから、清少納言はファザコンです。
もう一つ、元輔パパの禿げ頭露出事件がめちゃ面白い。パパは賀茂祭の従者として馬で一条大路をゆく途中、馬が何かに驚き、パパは振り落とされて、冠が落ち、つるつると禿げたあたまが露出。頭が夕日に当たって、テラテラと後光のように光り輝いた時のこと。
この当時は、冠が取れてしまうことはパンツが脱げるぐらいに恥ずかしい行為。見物人は禿げ頭をどっと笑う。「旦那様、はやく冠を……」と下人が冠を差し出すも、それには目を向けず、観衆に向かって、次のように熱弁したというのです。
そなたら、何も考えずにハゲを笑っておるが、それは思慮ある振る舞いとは言えませんぞ。あやまりと申すもの、用心深い人でも物につまずくことがある。まして馬ならよけいでありましょう。馬も悪気があって転んだわけでないのに気の毒だ。しかも、道は整備が悪くてデコボコ…(略)
と、このように、物事は全体を見て判断せねばならんのだ。わしのハゲを笑った者は、そのことがわかっておらぬ。よくよく反省するように!
そして、熱弁をふるってから、悠然と冠をかぶったそうです。当時の民衆がこれをどう見たかは?ですが、現代人なら、ファンになりそ(笑)
情緒を理解しない腹立つ夫。しかし、裏表なく、清少納言と馬が合う
父と対照的なのが、情趣やもののあはれを全く理解しない一人目の夫の橘則光(たちばなののりみつ)です。清少納言が持つよう感受性なく、「なんであんたはわからないのよ」と口喧嘩ばかりしているデコボココンビなのですが、二人とも裏表がないので、馬が合うんです。
橘則光には外には女がいて、子どももいる。しかも、その女に先立たれて、宮仕え前の清少納言はその子の世話をする。「なぜ、私がお前が外で作った子の世話せにゃならん!」と思いながらも、幼子のかわいらしさに、母性本能がくすぐられて胸キュン💕したことを書き記したりするのです。
原文:うつくしきもの。(略)二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひくる道に、いと小さきちりのありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる。いとうつくし。(略)
現代語訳:かわいらしいもの。2、3歳ぐらいの子どもが、急いではってくる途中に、ほんの小さなほこりがあったのを目ざとく見つけて、とても愛らしい指でつまんで、大人などに見せる様子は、とてもかわいい
清少納言も宮仕えのお声がかかるまでは、普通の主婦日々の何気ない一瞬を書き留め、それをたまたま『草子』としてまとめて、藤原道隆・定子とつながりのある女性に見せたことがきっかけで、定子の目に留まり、外へ出て宮仕えすることとなります。
夫とは宮仕え後も、くっついたり、離れたり。今でいえば、「夜の男女関係もある気さくな男友達」のような関係を続けていきます。そして、中宮定子に首ったけな清少納言に、男性社会から見る権力争い・人物観察に関する情報をもたらすのです。
『むかし・あけぼの』の物語も、凸凹な夫との関係があるからこそ、歴史を知る小説としても、深みと面白さが増しています。
兄・致信(むねのぶ)
もう一人、兄・致信(むねのぶ)の存在も欠かせません。致信の目に映る「政局観察」が、定子サロンの中の人にはわからない、当時の権力情報をもたらしてくれます。
清少納言から見れば、藤原伊周は美男子でウイット。しかし、致信は、藤原道隆の親の七光りに過ぎず、「あれじゃあ、父の跡を継いでも、誰もついてこないね」とバッサリ切り捨てます。
清少納言の晩年。ラストがいい!
上記であげた人物以外にも、定子の死後に結婚した二人目の夫・藤原棟世(ふじわらむねよ)、さらに、男友達の藤原斉信(ふじわらのただのぶ)、藤原行成(ふじわらゆきなり)… など、女性が夫以外の男性に顔をさらすことをがはばかれれた時代に、男性陣と渡り歩く清少納言がイキイキと描かれています。
では、清少納言の晩年はどうだったのか。一説では、晩年の清少納言は落ちぶれていたと言われていますが、心は幸せだったのではないかー。
最後、60代になった清少納言は定子が眠る鳥野辺の方角に手を合わせ、心の中で、あけぼの色の空の様子を定子に語り掛けます。最後に心で語らった相手が、家族であった父でも、二人の夫でもなく、魂が共鳴し合う相手だった「定子」だったところが素敵すぎます。
60代の最後まで、陽キャで、たくましく快活に生きた清少納言の生涯。是非、本作で味わってみてください。
平安時代の光と影
一見煌びやかな平安時代の光と影
田辺聖子さんは、清少納言と夫や兄の会話を通じて、この時代の「血なまぐさい政争」、そして、一歩、宮中を出ると広がる死体が転がる「荒廃した京の姿」など、平安時代のダークサイドをも仔細に浮かび上がらせます。
そして、下巻では、定子サロンも陰り、没落する様が描かれます。『世は無常にして、あわれ』であることを一気に描き切ります。そして、だからこそ「好きなこと、楽しいことだけを書いていこう」とする清少納言の決意が、読者の心に印象づけられます。
私は、田辺聖子さんの本を読んだのははじめて。田辺聖子さんは、『新源氏物語』、『光源氏ものがたり』をはじめ、複数の歴史小説を書いておられます。それらも読んでみたくなりました。
最後に
今回は、田辺聖子さんの小説『むかし・あけぼの 小説枕草子』のあらすじ・感想を紹介しました。
清少納言をはじめ、登場人物が生き生きと描かれる作品に、大満足しました。
登場人物への愛が溢れる歴史小説は、読んでいると、本当にその時代が生き生きとよみがえり、身近に感じられます。本作はそんな作品です。歴史の面白さを気づかせ、歴史に興味をもつにはうってつけの作品です。
是非、本作からそんな歴史小説の面白さを味わってもらえればと思います。