- 傲慢な歌で知られる「望月の歌」を詠んだ藤原道長とはー。道長の一生を、膨大な調査の上で描く歴史小説
- 『光る君へ』よりも先に、藤原道長のイメージを大きく変えた小説。上巻ではトップに上り詰める前での凡庸なおっとり三男坊の姿が、下巻では頂点に上り詰めた後、政権トップを維持すべく悩み苦しむ道長が描かれる
- 『光る君へ』で描かれる道長像に近い。番組で描かれた歴史の振り返りにも最適な書
- 【追記】『光る君へ 44話』ついに望月の歌を詠むに至った経緯を、整理して解説
★★★★★
Kindle Unlimited読み放題対象本
『この世をば』ってどんな本?
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば。
「望月の歌」:1018(寛仁2)年10月、藤原道長53歳、一家立三后を達成した幸せの絶頂の宴席で詠んだ歌
2024年1月、大河ドラマ『光る君へ』が始まり、早々に読んだ永井路子さんの歴史小説『この世をば』。
大河ドラマで主人公である紫式部より先に興味を持ったのは、「どこにも欠けたところのない満月のように、この世は全ておれのものだ!」なんて、スゴイ歌を詠んだ藤原道長。『望月の歌』から伝わる道長は、とてつもなく出世欲が強く、傲慢な権力者。授業で習ったイメージも悪く、そのイメージが長く定着していました。
しかし、永井路子さんの描く道長(上巻)は平凡でおっとり。フィクションとは言え、よくよく考えると道長は藤原兼家の三男坊。しかも、父・兼家は長男・道隆推し。自分が「時の権力者に君臨する将来」はあまり思い描けなかったはずです。この様は、まさに、大河ドラマの道長像に重なります。
本作は、大河ドラマに先んじて、今までのイメージとは異なる道長を描いた歴史小説としても読む価値あり!
『光る君へ』も終盤に迫り、また、2024年を通じて多数の平安時代関連書籍を読み漁ってきたので、歴史の知識も随分つきました。この機会に、改めて、『この世をば』の書評を書き記しておこうと思った次第です。
- 歴史小説が好きな方
- 大河ドラマ『光る君へ』のファン
『この世をば』あらすじ
直木賞作家・永井路子氏の作品が遂に電子化!
時の権力者、関白・藤原兼家の三男坊の藤原道長は、機転が利きカリスマ的な存在感を放つ長兄の道隆や野心家である次兄の道兼に比し、平凡でおっとり、出世も遅々としていたが、姉である詮子の助力を得ながらも、左大臣の娘・倫子と結婚する。以来、徐々にではあるものの、道長にも運が向いてきて、姉・詮子、妻・倫子などの支援を受けながら出世街道を上りつめていく……。表面的な華やかさに誤解されがちな人間・藤原道長の素顔を見事に浮かび上がらせた名作。
姉・詮子、妻・倫子などの助けもありながら、道長は三十歳にして遂にトップの座につく。
ライバルと目されていた兄・道隆の長男伊周の失脚もあり、道長は生来の平衡感覚で宮廷政治を仕切り、「一家立三后」と栄華を極める……。
表面的な華やかさに誤解されがちな人間・藤原道長の素顔を見事に浮かび上がらせた名作。。
上巻では、最初に、のほほんとした三男・藤原道長が育った藤原道兼一族(一家)を、時の政権との関係を織り交ぜながらわかりやすくストーリー化。父・兼家に次いで、優秀な長男・道隆、狡猾な次男・道兼が時の政権のトップになるも、相次いで病死。その時、姉にして円融天皇の后である姉・詮子が、多大な助力で道長をトップに上り詰めさせた姿が描かれます。
下巻では、藤原道隆生前時は道長よりも上位の地位にあった道隆の子・伊周が、第65代・花山天皇襲撃(しかも、勘違い)を機に凋落。道長は政権トップに躍り出るも、頭を悩ます日々が描かれます。
そもそも、道長は、政治センスもなければ、勉強嫌いで知識も政治手腕はありません。また、感も鋭い方ではありません。トップの座を維持するのはなかなか難しい。そんな中で、権力を握り続ける策として、外祖父になるべく頭を悩ませる道長が中心に描かれます。
道長は「運」を味方につけたラッキーボーイ
一条天皇のもとに長女彰子を入内させるもなかなか御子が生まれず、おろおろしつつも、二の手・三の手をうつ道長は、『望月の歌』のイメージとは程遠い。そもそも、天皇の子のおじいちゃんになり、しかも、その子・孫が東宮となりやがては天皇になるというのは、「運」でしかない。
子ども(男女)の産み分けなど、現代ですらできません。しかも、天皇に妃が複数いる中で、先んじて、東宮(将来の天皇が約束される御子)となる男児を生んでもらわなければならない。
道長が、彰子・妍子・威子の三人の娘を天皇の后とし、三人の天皇の外祖父となり、前代未聞の「一家三后」を成し遂げ、摂関政治の頂点に上り詰めたことは、そうなるべく適切な策を打つ技量に長け、人間関係の形成の仕方がうまかったこともありますが、それ以上に、「運」を味方につけたラッキーボーイだったと言わざるを得ません。
この時代の権力闘争とは、なんとも危うい運任せだったのです。
確かに、道長の日記『御堂関白記』を読んでみても、道長が傲慢極まりないという印象はありません。例えば、重要な会議にだれ一人やってこないなど、自分の思い通りにならず、政務に忙しそうな道長の姿が伝わってきます。
娘を政治の駒として使い、天皇家に強い影響力を持ち、絶大な権力を握った道長。『光る君へ』ではトップになり、人生の後半、強くなった道長が演じられていますが、道長の技量を考えると、政敵との戦いに、心の中では「どうしよう… こまった… 」と心悩ませていたに違いありません。
心悩ませ、おろおろする道長の姿は、本作『この世をば(下)』の面白さ。道長の心の内を、小説で味わってほしいです。
道長という人
では、運が強い道長はいかに運を手に入れることができたのか?
それは、『ラッキーが舞い込んだり、周囲から認められたりしても、これを自分の実力だ!と思い上がらなかった」ことにあると思います。
若いころ、トップに上り詰めても、傲慢にならなかった。自分が頭脳キレキレのエリートではなく凡人と理解したうえで、人付き合いにも気を使い、人心掌握を身につけ、そして、自分が政権を維持していくためには「外戚祖父」になることが最も大事だと見極めた。自分の政治手腕そのものではなく、外堀を埋めるという要所(環境を整える)を決して逃さなかった。これが大事な点です。
運を引き寄せる術を、感覚的に身に着けていたのかもしれません。
ただ、そんな道長も、晩年が近づくと、次第に権力・一族の繁栄という「欲」にかぶれていきのですが… この点も、人間臭くておもしろいです。
【光る君へ:44回】道長、ついに、望月の歌『この世をば」を詠む
『光る君へ』第44回「望月の夜」。
視聴者が待ちに待った、藤原道長(柄本佑)が「この世をば」の望月の歌を詠むシーンが描かれました。歌が詠まれたのは、土御門殿で威子が中宮となったことを祝う夜の宴。歌を現代語訳すると、
“この世は俺(藤原道長)のためにあるようなものだ。私の力には望月(満月)のように何も足りないものはない”
となり、これが、いわゆる強欲道長の代名詞になっています。このシーンが大河ドラマでどのように描かれるか、視聴者の多くがワクワクしていたと思いますが、描かれた道長には「この世の絶頂館」はなく、何かを憂いているように見えました。
弟44回では、話がトントンと先に進んだので、歴史を整理しておきます。
- 病に倒れた三条天皇(木村達成)が皇子の敦明親王(阿佐辰美)を東宮とすることを条件に譲位
- 長和五年(1016年)、大極殿で後一条天皇(橋本偉成)の即位式が開催
- 道長は孫である後一条天皇の摂政に。名実共に国家の頂点に
- 三条院が42歳で崩御
- 後ろ盾を失った敦明親王が自ら申し出て東宮の地位を降りる
- その結果、道長の孫であり帝の弟である敦良親王(立野空侑)が東宮に
- 寛仁2(1018年)、藤原家が栄華の頂点に上り詰めた「一家立三后」が実現
- 威子の立后の日(旧暦10月16日)、道長は望月の歌「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」を読む
- 一家立三后
- 第66代・一条天皇:太皇太后・彰子(長女、見上愛)
- 第67代・三条天皇:皇太后・妍子(次女、倉沢杏菜)
- 第68代・後一条天皇;中宮・威子(四女、佐月絵美)
失意の死を遂げた三条天皇は皇子の敦明親王を東宮とすることもかなわず、結果的に裏切られたことになります。
また、道長のやり口に、周囲からは、以下のように意見・批判する声も出てきました。
- 藤原公任(町田啓太):「はたから見れば欲張りすぎだ」
- 妍子(倉沢杏菜):「父上と兄上以外、めでたいと思っておる者はおりませぬ」
個人的に、目に留まったのは、望月の歌を詠んだ時の道長の衣装。下図の衣装を着ていました。
この衣装は「直衣布袴(のうしほうこ)」というのだとか。貴族たちにとって、威儀を正したうえで最もカジュアルにした最上級の格好なのだそうです。
小説を楽しむためのアドバイス:家系図・年表必須!
正直、平安時代は、これまで時代劇・映画などでほとんど描かれることが少なかっただけに、多くの人はこの時代の歴史を知りません。故、『この世をば』を読む際も、「藤原家・天皇家の家系図」と簡易な「藤原道長の歴史」を手元に置いて、読んだ方が面白く読めます。
特に名前は、藤原家は「兼」「家」「道」「隆」が多くて混乱します…
藤原家・天皇家家系図(平安時代後期)
藤原家と天皇家のつながりはすざましい。この家系図の中に、権力闘争の様々なドラマが眠っています。
貴族社会は官僚社会。「人事」が最も大事だった時代です。その出世レースは現代社会と何ら変わりません。
しかもその権力争いが、貴族同士の争いはもちろん、「藤原家」と「天皇家」の間でも行われているが凄いところです。藤原家は、天皇の外戚として摂政関白政治の要職を勝ち取ることに躍起。対して、天皇家は、少しでも天皇家の力を引き戻すことに躍起になります。
『この世をば』を読むと、時代・文明が変わろうとも、人・社会の根本は変わらないこと、そして、やっぱり、自分や家族が何よりも大事であることを改めて、教えられます。
藤原道長の年表
藤原道長の歴史年表を傍らに置いておくと、小説の内容も理解しやすいです。
年 | 年齢 | 出来事 |
---|---|---|
966年 | 0歳 | 藤原道長 藤原兼家の5男として誕生 |
987年 | 21歳 | 左大臣の源雅信の娘・倫子と結婚 |
995年 | 29歳 | 兄の道隆・道兼が死去 兄・道隆の長男 伊周と後継者争い ⇒姉・詮子の後押しで内覧に⇒右大臣にも任命 |
996年 | 30歳 | 次男・藤原教通が誕生 左大臣に |
1000年 | 34歳 | 道長の娘・彰子が一条天皇の中宮となる |
1001年 | 36歳 | このころ清少納言『枕草子』が出来上がる |
1005年 | 39歳 | 紫式部宮廷入り |
1008年 | 42歳 | 中宮・彰子が敦成親王(のちの後一条天皇)を出産 |
1009年 | 43歳 | 中宮・彰子が敦良親王(のちの後朱雀天皇)を出産 |
1012年 | 46歳 | 次女・妍子が三条天皇の中宮となる 道長の思い通りにならない三条天皇の退位を画策し始める |
1016年 | 50歳 | 後一条天皇、弟68代天皇に即位 道長、外戚祖父に |
1017年 | 51歳 | 長男・藤原頼通が摂政を譲り、道長は太政大臣に就任 |
1018年 | 52歳 | 三女・威子が後一条天皇の中宮となる 「一家立三后」が実現。望月の歌を詠む |
1019年 | 53歳 | 道長、法成寺の造営を開始。病により出家 |
1021年 | 54歳 | 六女・嬉子を皇太子である敦良親王(のちの後朱雀天皇)に嫁がせる |
1025年 | 59歳 | 四女・嬉子が親仁親王(のちの後冷泉天皇)を出産 |
1027年 | 62歳 | 道長、法成寺の阿弥陀堂にて死去。62歳 |
藤原道長の死因は?
藤原道長は、50歳を過ぎたころから、様々な体調不良に悩まされ始めます。そのため、自身の日記『御堂関白記』の筆も止まりがちになります。体に不調を感じるようになり始めた道長は、仏教に傾倒。54歳には、法成寺の造営を開始し、出家します。
藤原道長の死因は『糖尿病』。糖尿病をきっかけに、目が見えにくくなるなど、様々な合併症を起こしていたと考えられます。遺伝的なもののようです。
ちなみに、兄・道隆は「大酒のみ」。この様子は、『この世をば(上)』にも描かれています。道隆は早くして亡くなりましたが死期を早めた要因も「お酒」です。相当に酒豪だった模様。藤原家、食生活が乱れていた!?
最後に
今回は、永井路子さんの『この世をば』を紹介しました。
上記では指摘しませんでしたが、本書を読むと、平安京の荒れっぷりにも驚かされます。とにかく、つけ火・陰謀か火事が頻発。重要な建物が、次から次へと火事になります。貴族と平安京の荒れっぷりについては、以下の小説も是非チェックを。
もう一冊、永井路子さんの『望みしは何ぞ』も要チェック。こちらは、道長の四男の能信を主人公にした歴史小説。同じ道長の子でありながら、鷹司系・倫子の子に比べ、高松系・明子の子であるが故に冷遇される能信は何を望んだのかー。
いや~、『この世をば』の続きとして読むと、なんともドラマチック。時代の移り変わりを、しっかり感じることができます。
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