- 摂関政治を終わらせることに大きく関わった藤原道長の四男・藤原能信(ふじわら よしのぶ)を描く歴史小説。どんな人物で、なぜ、藤原摂関政治を終わりに導く側に身を置くことになったのかー
- 藤原道長の2人の妻、倫子と明子。どちらかの子に生まれたかで、恐ろしく人生が違った。虐げられた方は、恨み・辛みが募る。ここに人間ドラマ。さらに天皇家・藤若家の権力争いも重なる
- 筆者は、藤原道長を主人公に描く『この世をば』の永井路子さん。重なる時代が別視点で語られる。2冊合わせ読みがおすすめ!
★★★★☆
Kindle Unlimited読み放題対象本
『望しは何ぞ』ってどんな本?
2024年の大河ドラマ『光る君へ』もまもなく最終盤。
いまかいまかと視聴者が待ちわびていた、藤原道長の『望月の歌』のシーンも、第44回「望月の夜」にて描かれました。
この時が、藤原道長の絶頂。そして、藤原摂関政治の絶頂です。その後、藤原家の力は衰え、歴史は「院政の時代」へと突入していくことになります。これほどまでに栄華を極めた藤原道長の権力は、いかにして衰退していくのかー
この没落の経緯を描くのが、永井路子さんの歴史小説『望みしは何ぞ』です。
表紙の月とタイトルから、藤原道長が「望しものは何だったのか」を描く小説のよう思えるかもしれません。しかし、このタイトルの主語は「摂関政治を終わらせることに大きく関わった道長の子」です。
では、「摂関政治を終わらせることに大きく関わった道長の子」とは、誰なのか?
その男とは、藤原道長の子の四男・藤原能信(ふじわら よしのぶ)です。
- この男は何者で、
- なぜ、藤原家の一人として藤原摂関政治を維持・存続させる側でなく、藤原摂関政治を終わりに導く側に身を置くことになったのか
- そして、どのように、院政、つまり、藤原家から天皇家に権力が移り変わっていくのかー
直木賞作家・永井路子さんが、摂関政治の闇、藤原家内の確執、そして、藤原家と天皇家の確執を、彩り豊かに描き出します。
なお、本作は、藤原道長の生涯を描いた歴史小説『この世をば』の続きに当たる小説。2つの小説は、時代を重ねて描かれます。藤原能信の目から見た、道長の「望月の歌」の宴席はいかなるものだったのか。なかなか、皮肉で面白いです。
視点を変えて、同じ歴史を見ると、その時代もよくわかります。おすすめです!
- 平安時代、栄華を極めた藤原摂関政治が、どのように終焉していくかを知りたい方
- 歴史小説が好きな方
- 大河ドラマ『光る君へ』のファン
『望しは何ぞ』:歴史背景(藤原道長家系図)
兎に角、本作を面白く読むために最初に押さえたいのは、藤原道長の家系図です。
妻2人。鷹司系か、高松系かで、恐ろしく異なる人生
藤原道長には二人の妻がいました。倫子(鷹司系)と明子(高松系)です。同じ道長の子でも、どちらを母に持つかで、その処遇・出世のスピードは大きく異なりました。
- 倫子(鷹司系)
- 後ろ盾として盤石な、左大臣源雅信が父
- 頼通など、その子らも道長に大事にされる
- 長男・頼道は、道長から重責を引き継ぎ、摂政・内大臣に
- 3人の娘・彰子・妍子・威子は、天皇家に嫁ぎ、『一家立三后』実現
- 明子(高松系)
- 藤原氏による他者排斥事件により失脚させられた源高明が父
- 明子は「妾妻」とみなされ冷遇
- その子らも冷遇
ちなみに、上記家系図は寛仁2年(1018年)。この年は、まさに、彰子・妍子・威子による『一家立三后』実現が実現した年。 53歳の藤原道長が「望月の歌」を詠んだ年に当たります。
「光る君へ」に見る、高松系の子の冷遇ぶり
『光る君へ』第41話「揺らぎ」では、道長にとって外戚関係にない三条天皇が、左大臣・藤原道長に対して、空席となっていた蔵人頭に高松系の次男・顕信(あきのぶ)を補任させる旨の打診がなされました。しかし、道長は、本人の意見を聞くこともなく、申し出を辞退。道長の対応に明子が怒り、顕信が亡き悲しみ、出家する姿が描かれました。
高松系の子には、道長に怨み・つらみ
同じ父を持ちながらも冷遇された高松系の子らは、当然ながら、道長、そして、鷹司系の異母兄弟に対して怨み・辛みを持つことになります。『望みしは何ぞ』前半では、この境遇の差が、描かれます。
上述の通り、一人は、出家するに至りました。一方、彼の実兄・頼宗は、鷹司系より一段下に見られることを受け入れ、異母兄の藤原頼通を頼って自らの出世を図ろうと努めます。これは、ちょうど、道長(柄本佑)と道綱(上地雄輔)の関係に似ています。
一方、能信は、気の強い男。反抗心は旺盛。異母兄弟を見返したいとの思いも。そして、自ら運を切り開こうと人生を生きます。(上図家系図で、ピンク枠の人が主人公)。
『望しは何ぞ』:あらすじ
藤原家と天皇家のつながりはすざましい。上図の藤原家・天皇家の家系図の中に、権力闘争の様々なドラマが渦巻いています。
幸薄い妍子に従えた能信
鷹司系か、高松系かー。異母兄弟である藤原頼通をはじめとする鷹司系の子らが次々と高位につき、または、女性は天皇に嫁ぐなか、高松系の能信には恵まれた異母兄弟ほどよいポストは用意されていませんでした。
能信は三条天皇の中宮・妍子(けんし)に仕えていました。妍子は三条天皇の子を出産するも、産まれたのは女児。同じ鷹司系の娘でありながら、彰子のように次の帝候補を産むことができなかった妍子は失意の中、短命で命をとします。能信は、その恵まれない運命に自分を重ねます。
妍子の子・禎子に運命を託す
時は流れてー。妍子の子・禎子は後朱雀天皇に入内。一方で、頼通の養女・嫄子(もとこ)も後朱雀天皇への入内が決まり、宮中の注目は嫄子に集まっていました。しかし、勝気な禎子は、周囲から冷遇されながらも、中宮として堂々とした振舞をみせます。そんな禎子の姿を見て、能信は母・妍子の思いを娘に託し、そして、禎子に尽くすのです。
禎子は、後朱雀天皇との間に尊仁親王を授かります。しかし、頼通・教通兄弟も外祖父になることを画策。既に次の帝候補は親仁親王に決まっていましたが、後朱雀天皇は死の間際、尊仁親王を皇太弟にするよう懇願して亡くなったことに、能信は「将来の光」を見ます。
しかし、尊仁親王へは誰からも入内の要請がありませんでした。入内する姫のあてもなく困っていた龍信に、尊仁親王は昔から遊び相手である能信の養女・茂子を求めてきたのです。
藤原摂関政治が終焉
尊仁親王は、藤原家を外祖父としない親王。能信の養女が入内した尊仁親王が、70代の帝・後三条天皇として即位します。
こうして、藤原道長を全盛とした、藤原摂関政治が終焉を迎えるのです。この後、歴史は、白河天皇の「院政」へと向かっていきます。
藤原摂関政権、幸運がいくつも重なることで築かれた政権です。「血」が途絶えたことで、藤原摂関家は急速に没落していきます。能信の異母兄弟を見返してやりたいという思いは、当初、本人が描いたものとは異なると思われますが、実現されたことになります。
ここに至るドラマが本作ではドラマチックに描かれます。なお、尊仁親王が後三条天皇として即位して念願が叶ったのは、能信の死後、3年後のことでした。
藤原摂関政権から院政への時代の移り変わりについては、以下の記事を参照してください。なお、院政は、藤原政権以上に、クソです。『逆説の日本史4』では井沢元彦さんが、そのクソっぷりをこき下ろしています。
『望しは何ぞ』:感想
『望みしは何ぞ』を読んで最も強く感じたのは、「時代は移り変わる」という、当たり前の事実。どんな強力な政権も、未来永劫存続することはできません。
「歴史は勝者によって書かれる」と言われます。勝者自身が、自分たちが都合のいいように歴史を流布し、民衆を導くことを指すものですが、歴史小説も勝者を主人公にした作品が多く、このことも「歴史は勝者によって書かれる」をより強固なものにします。
しかし、勝者がいれば、敗者もいる。そんな、敗者側からの視点で、時代・歴史を見ることも大事であることを永井路子さんの『この世をば』『望みしは何ぞ』の2作の歴史小説を読んで実感した次第です。
最後に
今回は、永井路子さんの歴史小説『望しは何ぞ』の歴史背景・あらすじを紹介しました。
私は、2024年は、平安時代に関連する書物を多数読み、多くの学びを得ました。
2024年の大河ドラマも終わろうとする中、復習がてら、この時代を別角度から見る本も読んでみてはいかがでしょうか。ドラマを見て面白かっただけでは終わらない、教養が身に尽きますから。
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