- 普通に生活をしていた当時高校生が、偶然、一家三人の殺害事件に遭遇。殺人者として現行犯逮捕され、死刑囚となり、脱獄犯に….。真実を求める逃亡生活を描く、社会派ミステリー
- テーマは「冤罪」。その他、ブラック企業、日雇い、ホームレス、宗教犯罪、認知症、若年性アルツハイマー、世論の怖さなど、「現代社会が抱える社会問題」をストーリーにちりばめて描く
- テレビドラマ化に続き、2024年11月29日より映画が公開の話題作。原作、ドラマ、ストーリーに違い
★★★★☆
Kindle Unlimited読み放題対象本
Audible聴き放題対象本
『正体』ってどんな本?
染井為人さんの小説を原作にした映画『正体』が2024年11月29日 より劇場で公開。これに合わせて、Kindle Unlimitedにも原作本『正体』が降臨!小説も映画に合わせた装丁になっています。
映画の主演を演じるのは、2025年大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」で主演を演じる横浜流星さん。この点でも人気となりそうです。
さて、原作小説『正体』は、「事件の真相はどこにあるのか」を追うミステリー。「冤罪」がテーマです。
埼玉で二歳の子を含む一家三人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚が脱獄した!
東京オリンピック施設の工事現場、スキー場の旅館の住み込みバイト、新興宗教の説教会、人手不足に喘ぐグループホーム……。様々な場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ、必死に逃亡を続ける彼の目的は?
その逃避行の日々とは? 映像化で話題沸騰の注目作! — Amazon本の紹介より
普通に生活をしていた当時高校生が、偶然、一家三人の殺害事件に遭遇。殺人者として現行犯逮捕され、死刑囚となり、脱獄犯に….。真実を突きとめるための、鏑木の逃亡生活が描かれます。
本作は、「冤罪」以外にも、以下のような、「現代社会が抱える問題」を複数扱う、社会派ミステリーです。
- ブラック企業、日雇い、ホームレス
- コミュ障
- 宗教犯罪
- 認知症、若年性アルツハイマー
- 世論
考えさせられる小説です。ただし、登場人物や舞台設定は複雑ではありません。多くのテーマを扱いながらも、染井さんの筆力で、するする読めるストーリーになっています。私はAudibleの耳読で読書をしましたが、とも惑うことなく作品を堪能できます。主人公の悲痛な叫び、そして、ラストシーンに涙でした。
『正体』:あらすじ
第44回台北金馬映画祭にてインターナショナルプレミア上映&第49回報知映画賞にて「作品賞」を含め三冠を獲得した映画「正体」が、ついに全国公開
日本各地を潜伏し逃走を続ける、5つの顔を持つ指名手配犯
彼と出会い、信じる、疑う、恋する、追う4人ーー
彼は凶悪犯か、無実の青年か?ーー映画『正体』プロモーション
埼玉県の民家で、住人の夫婦と2歳の息子が殺害。
殺人事件の容疑者として現行犯逮捕されたのは18歳の少年・鏑木慶一(かぶらぎ けいいち)。少年死刑囚となった鏑木は、ある日、病気を装い、移送中に刑務官の隙をつき脱獄する。テレビなどマスメディアでは鏑木の脱獄が大きく報じられ、警察が全力で行方を追うも、鏑木を捕まえられずにいました。
殺人事件の被害者となった一家の家、唯一被害を免れたのは、被害者夫婦の夫の母親である井尾由子(いおよしこ)。彼女は若年性認知症を患っており、事件のトラウマを抱えながら介護施設で療養していました。
自分の無実を証明するために、事件の目撃者である井尾由子に真相を語ってもらわなければならない…
鏑木は、潜伏する先々で、偽名を使い、容貌を変え、伊尾由子につながる情報を求めて、仕事に就き、人々と関わりを持ちます。
- 野々村和也:ブラックな工事現場で出会う。働く仲間の窮地を救った鏑木を、逃亡犯と疑いながらも感謝する。
- 安藤沙耶香:鏑木がメディア情報を得るために占有したメディア会社の社員。ひょんなことから共に生活を始める
- 渡辺淳二 :痴漢という免罪で、名誉を傷つけられた元弁護。自殺しようとしたところを制される。
- 近野節枝 :井尾由子の妹に接触するために潜入した工場の社員。新興宗教に入信し、騙されたところを鏑木に救われる。
彼らは、皆、鏑木に救われます。しかし、次第に、誠実な鏑木が、一家三人惨殺の死刑囚だと知り、困惑。「警察に通報すべきか」「免罪ではないか」と、心を痛めるのです。
警察の捜査の兆候を察するたびに、鏑木はその場を逃れ、潜伏を繰り返します。しかし、そんな生活はいつまでも続くはずがありません。
井尾が生活をする老人ホームの場所を探し当てた鏑木は、同ホームで働き始めます。しかし、伊尾の記憶は若年性認知症と家族殺害の現場を見たショックで、記憶は混乱。しかし、鏑木と対話を続ける中で、次第に、事件の真相を思い出し、話始めます。事件後に、警察に、もう一人男がいた真相も…。
そんな時、警察は鏑木の居場所を見つけ、包囲され、そしてーーーー。 射殺。鏑木は犯罪者の汚名を晴らす目的を達することなく、死に絶えます。
鏑木の死亡の報に、鏑木に助けられた人たちは、立ち上がります。そして、彼が、一家三人の殺害犯人でなかったことを主張し、法廷で、鏑木の無罪判決を勝ち取るのです。
『正体』:小説、ドラマ、映画、それぞれの展開
原作小説『正体』は、横浜流星さんの映画よりも前に、亀梨和也さん主演でドラマ化もされています。大きく異なるのは、ラストシーンです。
鏑木が「本人死亡で、無罪を勝ち取るか」「生きて無罪を勝ち取るか」。
そして、映画の場合は、テレビ以上に厳しい「尺」の問題のために、カットされる潜伏先シーンが出てきます(潜伏先とその出会いが一部カット)。それぞれ、見比べてみると楽しく見れます。
逃亡シーンなど緊迫感は「映画」の方が上。追いつめられる感じなのは、映像の方が迫力があります。しかし、どうしても、登場人物の心情面を丁寧に描くのは困難です(動きがないのに尺を取る)。
故、、「鏑木という人物を一番丁寧に描いているのは原作小説」となります。
『正体』:感想・著者メッセージ
ストーリーの基本は、「事件の真相はどこにあるのか」を追うミステリー。しかし、後半に行くほど、鏑木の人間ドラマであり、社会ドラマ。読者は「冤罪」という重いテーマを突きつけられることになります。
人生何があるかわからない。突然、闇に葬られる怖さ
冤罪に人生を奪われてしまった青年。
高校性にして、誤認で逮捕。
しかし、「私はやっていない」と無罪を主張し法廷で闘うも、あっという間の「死刑宣告」
理不尽としか言いようのない人生です。
しかし、逃亡先で、はじめて社会(仕事)に出て働き、人に認められ、
人を好きになり、そして、愛されることを知ったり、
騙されている人たちを救ったり、
人生に希望を見いだせず死のうとしている人を救ったり、
人の温かさを知ったりします。
どんな人生であっても、人は成長できるし、人と社会とつながることができることを教えられます。
鏑木が純粋であるからこそ、その一方で、純粋に真面目に生きる人たちを騙したり、貶めたりする「ブラック会社」「組織犯罪」や、メディアに先導される一般大衆、そして、警察や司法に潜む「世の中の闇」が対比的に際立ちます。
事件の裏側・真相:捏造される冤罪
本作の場合、鏑木の事件は冤罪でした。しかも、「少年犯罪の抑止力」のために「少年の極刑」報道が利用されました。
警察の丁寧な操作もなく、混乱した若年性アルツハイマーの目撃者の曖昧な証言が証拠とされ、その後の彼女の修正証言も無視され、早々に「極刑が下される」ことになったのです。
いわゆる「見せしめ」です。社会悪を取り締まるために必要なこともありますが、しかし、それで「人の人生」や「人の命」が奪われることがあってはなりません。
社会の怖さを感じることなく読むことはできません。
著者、「あとがき」で
本書を読んでいると、多くの人が思い出すであろう「冤罪」があります。
1966年に静岡県清水市で家族4人が殺害された事件で、元プロボクサーの袴田巌さんが死刑判決を受けた「袴田事件」。この事件の場合は、無罪を勝ち取るまでに58年を要しました。そして、そこには警察の証拠捏造がありました。袴田巌さん、そして、家族の苦しみはいかほどであったか…
著者の染井為人さんは、「あとがき」で、読者から「鏑木慶一を死なせないでもらいたかった」という声をたくさんいただいたそうです。しかし、染井さんは、「鏑木慶一が死ぬ結末にせざるをえなかった」と述べています。
それは、「冤罪がどれほど理不尽で、悲しく、虚しいものなのかを鏑木慶一という人間の死を通して多くの人に感じてもらいたかったからだ」と述べています。
謂れのない罪を着せられ、生活の自由を奪われた人も、死刑宣告を受けた人も現実に存在するのだということだけは頭の片隅に留めておいてほしい。そして、実際に死を与えられてしまった人がいるということも。
ミステリーはエンタメ小説です。しかし、ストーリーの中で主人公は生き、様々な試練を通じて、読者に訴えかけます。是非、本書を読んだ上で、「冤罪」について考えてみてほしいです。
最後に
今回は、染井為人さんのミステリー『正体』のあらすじ・感想を紹介しました。
読みながらいろんなことを考えさせられるミステリーです。是非、ドラマ・映画とも見比べてみて下さい。その違いの中には、製作者側の強いメッセージがあります。そのメッセージが何なのかを考えながら読んだり、聞いたりすると、単にご覧で終わらない楽しみ方ができるはずです。
ちなみに、先日読んだ小説『線は、僕を描く』の映画版の主演は横浜流星さん。こちらの作品は、絶対に、原作小説と映画を両方見た方がいい作品。映画版『線は、僕を描く』は2024年11月、AmazonのPrime Videoに降臨しています。原作小説と映画が互いに、弱点を補って、それぞれの作品を高め合っています。これはいい!おすすめ!