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【書評/感想】彼女は頭が悪いから(姫野 カオルコ) 東大生集団強制わいせつ事件に着想。ジェンダー格差✕学歴エリートの驕り✕バカに厳しい世間を描く

【書評/要約】彼女は頭が悪いから(姫野 カオルコ) 東大生の事件に着想。ジェンダー格差✕学歴エリートの驕り✕バカに厳しい世間を描く 柴田錬三郎賞受賞
彼女は頭が悪いから」あらすじ・感想
  • 実際の事件に着想社会の構造的問題を描き出す柴田錬三郎賞 受賞作
    2016年に実際に発生した東大生集団強制わいせつ事件に着想を得て描かれた作品。
    フィクションを通じて、学歴・性別・階級など、社会に存在する歪んだ構造をあぶりだす
  • 読者に突きつけられる問い
    本作は、「男尊女卑とジェンダーバイアス」、「学歴エリートの優越意識と傲慢さ」、「バカには厳しく、エリートには甘い」社会について深く問いかける
  • 自分も加担していないかー
    最終的に読者が問われるのは、自分も「無意識の加害者」になっていないかー

★★★★★ Kindle Unlimited読み放題対象本



目次

『彼女は頭が悪いから』ってどんな本?

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彼女は頭が悪いから――

このタイトルを見て、「うっ」と息を飲んだ人は多いのではないでしょうか。あまりにも露骨で、侮蔑的で、攻撃的ですらある言葉。しかし、読み進めるうちにわかってくるのです。でも、そのもやっと感こそが、作家・姫野カオルコさんが、本書で読者に突きつけたかった問いの入り口であり、「現代社会が平然と貼ってしまうラベル(レッテル)」に対する痛烈な問いかけなのだと。

作家・姫野カオルコさんがこの小説を書いた背景には、ある実際の事件があります。2016年に報じられた、東京大学の男子学生たちが起こした性的暴行事件です。姫野さんは、当時の報道のなかで、被害者女性に向けられた心ないバッシングや、「頭が悪いから騙される」といったコメントに、深い憤りと問題意識を抱いたと語っています。

小説『彼女は頭が悪いから』は、そうした“現実”から着想を得て、フィクションという形で社会の歪みを描き出した作品です。

本書を読んで突きつけられるのは、私たちのすぐそばにある、以下のような「歪んだ社会」です。

  • 根強く残る男尊女卑とジェンダーバイアス
  • 学歴エリートの優越意識と傲慢さ
  • 「バカには厳しく、エリートには甘い」社会の構造

こうした構造は、どこか遠い世界の話ではなく、私自身も知らず知らず加担している「世間」の一部なのだと、気づかされます。本作では、これを、「性被害」というセンセーショナルな内容をテーマとすることで、より、強烈にこれら問題を問いかけてきます。

読了後の後味が悪い作品ですが、読んでおくべき1冊です。多くの問題を突きつけてきます。

『彼女は頭が悪いから』あらすじ

物語の主人公は、東京都内の女子大に通う神立美咲(かんだち・みさき)。地味でおとなしく、家は裕福でもなく、学歴も“普通”。どこにでもいる普通の女子大生です。そんな彼女は、東大生の竹内つばさと出会い、恋愛関係になります。

つばさは、頭脳明晰で爽やか、東京大学という「最高峰」の肩書きを持つ男子学生。彼のまわりには、同じく東大に通う男子たちが集まり、「星座研究会」というサークルを運営していました。表向きは星を愛する文系男子の集まり。でもその実態は、地方や中堅大学から来た女子学生を“おだてて誘い出し”、性的行為を強要し、食い物にしたり、あるいは、裸や行為の様子を撮影し、その動画などで遊ぶお金を稼ぐ悪質な集団だったのです。

頭脳明晰・爽やか東大生であるつばさに恋してしまった美咲は、その恋心を利用され、そのサークルの“餌”として扱われるようになります。そして、騙され、貶められ… そして、警察に駆け込み、やがて事件は表沙汰になります。

法廷で罪を裁かれることになる男子学生たち。しかし、彼らにとっては、美咲はもともと、美咲は”強姦するつもりはもうとうない”DB(デブでブス)のネタ枠女性。オモシロおかしく飲み会をするための要員でしかありません。

だから、5人のうちのある男子学生は、事件後、次のような率直な本音を口にします。

あんたの大学で、あんたの顏で、あんたのスタイルで、強姦されるとでも思ったんすか?
思い上がりっすよ。

彼らにとっては、強姦するほど色気も感じない女性に、強姦暴行で訴えられ、自分の未来を潰されるなんて、まっぴらごめんです。故、男子学生らは、美咲への謝罪よりも、罪を軽減するための口裏工作を優先させます。

そして、親も。まさか、自慢の息子が重い罪を受けるなんてありえません。弁護の手配などに動き始めます。

さらに、この事件を知った世間はー。「酔った状態で複数の男性が集うマンションに行くなんてありえない」「騙された女が悪い」と、美咲をバッシング。この世間の空気の中で、美咲の声はかき消されてしまうのですー。

果たして結末は、是非、実際に本作を読んで確かめてみて下さい。

小説の着想のもとになった実在の事件について

この作品はフィクションですが、モデルとされているのは2016年に報じられた「東京大学強制わいせつ暴行事件」です。

2016年5月、東大の学生5名が他大学の女子学生1名に対する強制わいせつの容疑で逮捕され、内2名が強制わいせつ及び暴行、1名が強制わいせつの罪で有罪の判決を受けました。

彼らが所属したサークルは、表向きは大学生同士の交流を図る名目でしたが、実際には「女性に酒を飲ませ、わいせつ行為をする目的」で作られたサークル。女性にお酒を飲まエ、メンバーのマンションへ連れ込み、集団でわいせつな行為をしたり、また、日常的に「今度はあの女でアダルトビデオを撮影しよう」など、女性をおもちゃのように扱う言動がなされていたと言います。

本作品でも、お酒の席で、わざと女性が答えられないクイズを出し、罰ゲームと称してむりやり酒を飲ませ、さらに、酔った女性を連れてメンバーのマンションに移動。さらにお酒を飲ませた上で、服をはぎ取って裸にし、うずくまる女性を、辱めていたぶり貶める。そんな、リンチといえる女性暴行の様子が描かれています。

姫野さんは、報道からわかる内容に着想を得ていますが、あえて、事件の調査・ヒアリングなどは行っていないそう。しかし、姫野さんが感じた違和感ー
学歴エリートには、「何をしても許される」的な「無意識の優越意識と傲慢さ」があること
・世の中も、学齢エリートに同調しがち⇒「バカには厳しく、エリートには甘い」社会の構造が存在する

ことを、強烈に描き出します。

実際、事件を訴えた被害者女性に対し、「合意の上だったのでは」「ついていく女が悪い」といった心ない言葉が溢れたそうです。さらには、「男子学生が気の毒」といった加害者を擁護するような世論もあったそうです。

頭の悪い女子大生”分際”が、東大生に近づき、付き合い、しかも、被害を受けたら訴えるなど、勘違い甚だしい。

これは、世間で表立って言われはしませんが、確かに存在する「本音」です。エリート本人だけでなく、世間もそう思ってしまっているところが、怖いところです。

姫野カオルコさんは、こうした社会の風潮に深い違和感を抱き、小説という手段で問題を問い直します。

『彼女は頭が悪いから』 感想

この小説のすごさは、誰かを声高に糾弾するのではなく、静かに、しかし、確かに“社会の構造の歪み・闇”をあぶり出す点にあります。

“東大生”というだけで無条件に信頼される社会
“女子大生”というだけで軽んじられる価値観
“恋人関係”にあるからと、性の同意が無視される現実

どれもフィクションの話ではなく、私たちのすぐそばにある“リアル”です。

現代社会では、表向きには「学歴」「性別」「出身」という階級序列を否定しますが、実際の社会では、これら階級は存在します。そして、学歴エリートは口には出さずとも、思っています。
「バカは黙って、俺に従え。俺に使われていればそれでいいだ」とー。

資本主義は「勝ち組/負け組」の社会。勝ち組が肯定・賞賛される社会です。このような社会では、エリート/成功者の無自覚な特権意識は、ますまず助長されることはあれ、なくなることはないでしょう。しかの、「世間」もそんな考えを容認しています。「バカはバカだからね」と。

しかし、学歴や知性の高さが「傲慢さ」を助長し、守られるべき倫理さえ無視されてしまうことがあります。

社会に出れば、「頭が悪い」とは、偏差値のことではありません。
人の痛みに無頓着であること、権力や学歴を盲信すること、それが本当の“愚かさ”だと、この作品は教えてくれました。

表紙の絵 ミレイ・ジョン・エヴァレット「木こりの娘」に込められた意味

私は、この本の存在はかつてより知っていました。
ただ、なんとなく表紙の絵画とタイトルに違和感を感じ、本書を手に取りませんでした。

何の意味もない絵画を表紙にするはずはありません。そこで調べてみました。

表紙の絵画:「木こりの娘」ミレイ・ジョン・エヴァレット(生没年:1829-1896)

ちょっと神経質そうな表情の男の子に「これあげる」と差し出された苺。
それを、喜びの笑顔を浮かべて受け取ろうとする少女・モード。

一見、微笑ましい絵です。左の後方にいるのが少女のお父さん(木こり)。
そして、本絵にはふさわしくないほどの真っ赤な服&真っ白タイツをはいた少年は名士の息子。
2人の淡い関係を切り取った作品ですが、この後の悲劇的な関係を語った作品だそうです。

2人の恋は、身分の差により結婚には至らず、しかし、モードは出産。その子を水死させてしまい、狂ってしまう。

純粋ではかなげな笑顔の少女のまなざしが、美咲がつばさに抱いた尊敬と憧れに重なります。そして、2人の悲劇の結末にもー。

最後に | 読むことで、何かが変わる一冊

今回は、姫野カオルコさんの『彼女は頭が悪いから』のあらすじと感想を紹介しました。

無自覚な特権意識」「バカには厳しく、エリートには甘い」社会の構造」に気づいたとき、人との関わり方や、自分の中にある偏見を思わずにはいられません。もっと、世間の色眼鏡・バイアスに自覚的になる必要があると思い知らされた1冊となりました。

あなたもこの作品を通して、「自分が信じていた正しさ」について、少し立ち止まって考えてみませんか?

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